この二人の組み合わせが大好き!ボーイズトークっていいですよね(2011.8.27)
カフェテリアでパスタをフォークに巻き付けながら、翔はしかめ面で目の前に座る男を見つめていた。男の周りには女子生徒が群がっていて、きゃあきゃあと黄色い声を飛ばしている。
「レン様っ、この間のレン様の歌、素敵でした!」
「ああ、あれはオレに好意を寄せてくれるレディに向けて作った歌だからね。気に入ってもらえたかな?」
「もちろんですぅ!」
「キャー、レン様カッコイイ!」
身体をくねらせてレンに熱烈な視線を送る女子生徒と、その相手をするクラスメイト――神宮寺レン。翔の中に、もやもやとした気持ちがわだかまる。決して嫉妬しているわけではないが、こうもあからさまに媚びを売る集団を見ると、訳もなく苛立ってくるのは人類普遍の感覚ではないだろうか。翔は巻き付けすぎて大きな塊になってしまったパスタを勢いよく口に入れたせいで、思わずむせ返ってしまった。
女子生徒の集団が去った後、レンが翔の方に向き直る。翔がじとりとした視線を向けているのに気付いて、レンは唇の端を歪めた。
「おや? おチビちゃん、何かご不満かな?」
「その呼び方やめろっつってんだろ」
低い声で言い返すと、レンは虫の居所が悪いみたいだね、と肩をすくめた。
「当たり前だろ。目の前でああもやられちゃ、不機嫌にもなるっつの」
「それは嫉妬かな?」
「嫉妬じゃねーよ! 別にお前が誰とどうしようがどうでもいいけど、俺の見えるとこでやるな。腹立つ」
「つまり見せつけられて嫉妬、ってわけか」
「違うって! ほら……アレだ、電車の中とかでイチャイチャするカップルとか見たら蹴り飛ばしたくなるだろ、アレと一緒だ!」
「それは結局嫉妬だろう?」
「違うっつーの! ああもう……」
翔は苛立ったように髪を掻きむしった後、ふんと鼻を鳴らして、再びフォークにパスタを巻き付ける作業を再開した。それを眺めつつ自分もパスタをフォークに巻き付けながら、レンが言う。
「まあ、おチビちゃんも経験は若いうちにしておいた方がいいよ。今しかできないこともたくさんあるしね」
「年寄り臭いこと言うなよ……」
翔は深く溜息をついて、恨めしげにレンを見つめた。
レンとは入学時から一緒にいることが多かった。お互い全くタイプの違う人間だし、翔はレンにからかわれっぱなしなのが不満だが、不思議と一緒にいて苦痛だと思ったことはない。レンは他人をからかうのが好きだが、本気で傷付けないラインは心得ている。一見軟派で軽薄なだけの人間に見えるけれど、勘は鋭いし頭も良い。そういうところがあると知っているからなかなかこの男と離れられないのだろうと、不覚ながらも翔はそう思っていた。
レンが翔のことをどう思っているかは知らないが、なんだかんだで一緒にいてくれるところを見ると、嫌ってはないのだろう。恋人でもあるまいし好きの嫌いのどうこうには執着しないけれど、と思いながら、翔はストローに口付けてオレンジジュースを啜った。
「……大変だよな、カモフラージュってのも」
独り言のように漏らした言葉は、当然の如くレンの耳にも入る。
「カモフラージュ? 酷いな。オレはレディ一人一人に平等に愛を注いでいるつもりだけどね」
「酷いのはどっちだよ。本命がいるくせに」
翔がそう言うと、笑みに歪んでいたレンの唇がたちまち引き締められた。翔は小さく息を吐く。目の前で女子生徒といちゃつかれるのは不快だが、決して積極的に止めさせたりしないのは、レンの事情を知っているからこそ、だ。
レンは敵わないなと小さく笑って、頬杖をついた。
「そういうおチビちゃんはどうなんだい? お互い個性の強い同室者を持つと、苦労するね」
「お前も十分個性強いと思うけど……まあ、な。那月の奴、また変な菓子作ってきやがって。俺の身体がいくらあっても持たないっつーの」
「シノミーの料理は実に刺激的じゃないか。確かに毎日は勘弁だが、たまになら食べたくなるような不思議な魅力があるね」
にやにやと笑むレンを見て、翔はうわっ、と言ってあからさまに身体を引いた。
「お前の舌おかしいってのは本当だったんだな……」
「誰に聞いたんだい、そんな話」
「聖川だよ。お前あいつの料理、また甘ったるいとか文句言ったんだろ? あいつの料理、超美味しいのに……聖川、ショック受けてたぞ」
翔にたしなめられて、レンは一瞬むっとした表情になった。レンと真斗は同室ということもあって、朝食を真斗が作ることもあるらしい。だがレンは真斗の味付けがあまり肌に合わないらしく、よく二人が喧嘩しているのを見たことがあった。音也や那月といったAクラスの面々を交えて真斗と話をしていると、たまにレンへの愚痴を零すことがあって、先程の話はその時に聞いたのだった。
「甘ったるいのは本当のことだ。だいたい砂糖を入れ過ぎなんだよ、あいつは」
「でも、煮物とかって元々ああいう味付けだろ? 俺も食べさせてもらったことあるけど、特に甘いとは感じなかったし……やっぱりお前の舌がおかしいんだって」
レンは僅かに眉間に皺を寄せた。
「とにかく、オレの舌に合わないのは事実なんだ。その点についておチビちゃんにとやかく言われても、どうしようもないね」
それはそうだけど、と翔は小さく言う。この御曹司の二人を見ていると、どうしてこうも合わないのだろう、と疑問に思うことがある。それでも繋がりを持ち続けているのだから不思議だ。合わないからこそ惹かれ合うものがあるのかもしれない。ちょうど、磁石のN極とS極のように。
そんなことを考えているうちに、レンはいつの間にか表情を戻していて、翔を見ながらにやにやと笑っていた。
「そういうおチビちゃんは、毎回涙ぐましい努力を重ねているようだね。シノミーの料理、毎回食べてあげてるんだろう?」
矛先が自分に向いてしまった。翔はぐぐ、と言葉に詰まり視線を逸らしつつ、言い訳のように言う。
「別に……那月の料理が別の奴に渡ったら危険だろ? だから俺が――」
「そんなこと言って、本当はシノミーの料理を他の奴に食べさせたくないだけじゃないのかい?」
「ちっ、ちげーよ! 俺だって、食べずに済むならそうしたいっつの! けどあいつ、ほんと毎日のように作ってくるから……」
翔ははぁ、と溜息をついた。同室の那月は料理が好きで、よくクッキーなどのお菓子を作ってくるのだが、普通は入れないだろうと思う食材を構わず入れるので、何とも言えないデンジャラスな味になってしまうのだ。那月の料理を食べて体調を崩した者は数知れず、かくいう翔もその一人だ。最近では身体がそのデンジャラスな料理に慣れてしまったらしく、以前より体調を崩すことは減ったが、それでも危険なことには変わりがない。
被害者を減らすために、仕方なく翔がなんとか処分している。そのつもりだったのだが、レンはどうやらその行為を違うふうに受け取っているようだ。笑みを深めるレンを見て、不本意だとでも言うように、翔は口を尖らせた。
「何が言いたいんだよ、レン」
「別に? ただ、おチビちゃんのシノミーへの愛情は、海よりも深いものなんだなと感心していただけさ」
「あ、愛情って……!」
免疫のない言葉に、翔は思わず赤面する。レンはその反応を心底楽しむかのように声に出して笑った後、再び頬杖をついた。
「全く、そこまで愛されているシノミーがうらやましいね。おチビちゃんもオレに、その愛情を少しくらい向けてくれないかな。愛が足りなくて死にそうなんだ」
聖川はいつも素っ気ないから――そう言うレンに、翔は同じくらい素っ気なく返してやる。
「何言ってんだよバカ。そういうのは本命の奴に言えっての。俺はお前なんかごめんだね」
レンは弾けたように笑った後、悲劇のヒロインのようにわざと悲しげな顔をして額に手を当てた。
「おチビちゃんにまで素っ気なくされるなんてね。オレに飢え死にしろって言うのかい?」
「お前はむしろいっぱいもらってる方だろ、愛情。さっきの女子とかさ」
「一番欲しい人間にもらえない方が、悲しいと思わないか?」
それはそうだけどさ、と一旦は同意した後で、じとりと睨んでやる。
「で? 俺がその一番の人間だって? 冗談じゃねえっつの! お前が聖川の前で素直になればそれで解決する問題だろ、ったく」
「それが一番難しいことだって、おチビちゃんもよく知ってるはずだろ?」
ぐ、と一瞬言葉に詰まった。好きな人間の前で素直な反応ができないのは、翔も同じだった。それは那月や自分の性格のせいもあるだろうし、今まで二人で重ねてきた時間が生み出したものでもあるだろうけれど――それにしてももう少し素直に向き合えないだろうかとちらとでも思ったことがない、と言えば嘘になる。
ほら見たことか、と得意げに翔を見下ろすレンが、それでも癪に障った。
「誰しもそういうものなのさ、本気の相手には。恋は実に奥深いね」
「悟ったようなこと言うなよ……」
そう言いつつも、翔自身もその言葉には納得していた。まだ自分は自覚し始めたばかりの感情だが、それを知ってから翔の毎日は変わった。新鮮味を持ち始めたのだ。授業を受けて、課題をこなして、練習して、寮の部屋に帰って寝る。文字にすれば単調な毎日も、そこに那月という要素が加わることで、世界に彩りが生まれた。その彩りが毎日綺麗なものだとは限らないが、少なくとも退屈はしないし、翔自身、その生活を気に入っていることは、否定できない事実だ。それはきっと、レンも一緒なのだろう。だから愚痴を言いながらも、決して手放すことができない。
「冷めちまったな、すっかり」
冷たくなってしまったパスタをフォークの先で突きながら、翔は那月の顔を思い浮かべた。那月が笑顔で差し出してくるデンジャラスクッキーの味が、ほんの少しだけ恋しいと思った。
この二人の組み合わせが大好き!ボーイズトークっていいですよね(2011.8.27)