『シノミー。ちょうど、夜までの時間空いたんだ。一緒にランチでもどうかな?』
『はい! もちろんです。楽しみにしてますねぇ!』
 そんなメールのやりとりをして、駅前で待ち合わせた午後1時。
 目印はサングラスとオレンジのストール、バラのネクタイピンだよ――那月にメールし終わってから、レンは空を仰いだ。ここのところ雨続きだったけれど、今日は快晴だ。この空をサングラス越しにしか見られないのが残念だけど、と心の中で呟きながら、レンは清々しい気持ちで息を吐き出した。
「レンくーん!」
 那月の声が聞こえ、レンは視線を戻して声の主を捜す。彼も自分と同じように変装していたけれど、すぐに見つかった。サングラスを掛けていようが帽子を被っていようが、手を振るあの大仰な仕草と、特徴的な跳ね方をしているミルクティ色の髪で、すぐにわかる。
「すみません、お待たせしました!」
「いいや、オレも今来たところさ。行こうか」
「はい!」
 本当はこんなに人が多くなければ手を繋いで歩きたいところだが、我慢する。こっちだよ、と言って歩き始めたレンの隣に、那月が鼻歌を歌いながら楽しそうに並んだ。
「シノミーはこの後、仕事は?」
「今日は朝からだけだったので、もう自由なんです。だからレンくんがお仕事に行くまで、ずっと一緒にいられるんですよ」
「そうかい。それは嬉しいな」
 僕も、と顔をほころばせる那月が愛おしくて、今すぐにでも口付けしてしまいたい衝動に堪える。
 あらゆる意味で、この関係は他に知られてはいけない関係だった。自分たちがお互い売り出し中のアイドルであるという点でも、所属している事務所の方針“恋愛禁止”を破っているという点でも、そして――何より、自分たちが男同士であるという点でも。レンも那月も愛情表現を隠さないタイプだが、不思議とこの関係は隠し通せてきた、という自信があった。当然外では過度のスキンシップをしないよう気を付けているのもあるけれど、こんな180センチ超えの男たちがまさか恋人同士だなんて、周囲の人間は考えもしないようだ。
 シノミーはこんなに可愛らしいのに。自分より3センチ身長の高い彼を横目で見ながら、レンの頬は思わず緩む。皆は知らないだけなのだ。那月の聖母のような包容力を。ピンクの唇のみずみずしさを。微かに頬を染めながら、自分をねだる仕草を――色々と思い浮かべたところで、まあ知らなくてもいいけどね、とレンは笑った。知っているのは自分だけで十分だ。那月の傍にいることを許された、自分だけで。
「わぁー! 綺麗……」
 突然、店のショーウインドウの前で那月が立ち止まった。レンも一歩遅れて足を止め、振り返る。那月はショーウインドウに手をつき、顔を近づけて、感嘆の溜息を洩らしていた。
「これは……ウェディングドレス、か」
 幾重にも重ねたフリルのスカート、ふわりとした柔らかなレースを纏った純白のウェディングドレスが展示されているディスプレイに、那月は釘付けになっていた。そんな那月を横目で見ながら、レンは口を開く。
「シノミーは、あれに憧れるかい」
「だって、こんなにも綺麗で……結婚式って、やっぱり、素敵ですよね」
 綺麗なもの、可愛いものが大好きな那月らしい、と思う。だからこそ、レンは違う方向から質問をぶつけてみる。
「あれを、着てみたいと思う?」
 えっ、と那月は驚いたように振り向いた。髪がふわり、と揺れる。
「でも……あれは女の子のもので、きっと僕は大きすぎて入らないと思いますし、それに」
「ねえ、シノミー」
 レンは言葉を遮って、戸惑いがちに宙を彷徨っていた那月の手を取った。
「結婚しようか。オレと」
「えっ……」
 那月の金緑石の瞳が驚きに揺らいだ。
「二人だけの結婚式。オレは、キミとなら、永遠を誓ってもいい」
 那月の手を口元に引き寄せて、軽く唇に触れさせる。那月の身体がびくん、と震えたのが伝わってきた。
 すぐに手を下ろしたから、特に周囲から注目もされずに済んだようだ。それでもレンは手を離さずに、じっと那月の答えを待っている。
「……僕は」
 一瞬伏せた那月の睫毛が微かに震え、そして、決意したように、視線が上がる。
「レンくんの、お嫁さんに……なってみたいです」
「決まりだ、シノミー――いや、夫婦になるのに名字呼びはおかしいね。那月」
 那月が嬉しそうにレンの手を握り、一歩距離を縮めた。
「嬉しいです。もっと、名前で呼んでください」
「いいよ。これからいくらでも呼んであげる。だってオレたちは、」
 これから夫婦になるんだからね。レンはウインクして、那月の手を引き寄せた。


 一ヶ月ほどで、全ての準備は整った。
 神宮寺家の広大な敷地内にある、今は誰も使っていない“離れ”を急遽改装させ、レンと那月の新居にした。ウェディングドレスも、那月の身体に合わせて特注で作った。無論、レン自身の分の白いタキシードも。
 結婚式に誰も呼ぶつもりはなかった。レンと那月がお互いを夫婦と認め合う場であれば良いのだから、観客は必要ないのだ。一流のスタイリストだけを呼んで、それぞれの衣装を着た後に、きっちりとメイクを施してもらう。那月はウェディングドレスを着るけれど、過度に女っぽく化粧をする必要はないと、レンは判断した。そのままでも十分可愛いよ。そう言うと、那月は笑顔で頷いてくれたから。
 一軒家に見立てた離れの前で、二人は寄り添った。並んで立つと少し花嫁の方が身長が高いけれど、那月がレンの肩に寄りかかるとちょうど良くなった。しゃらしゃらと首に触れる那月の髪がくすぐったくて、心地よかった。
「はい、撮りますよー」
 依頼したカメラマンは仕事に徹してくれている。事情をむやみやたらに聞き出そうとすることも、このことを他言することもない。だからレンも那月も、仕事の時以上の笑顔をシャッターに向けた。
「那月」
 何度かフラッシュが焚かれた後で、レンは那月の膝裏に手を添え、ひょいと彼を持ち上げた。わっ、と驚きの声が上がる。一回で成功するかは自信がなかったが、体重移動がうまくいったらしく、レンの体勢は崩れることなく、那月の身体を持ち上げていた。
 那月はしばらく驚いたように目を見開いていたが、やがて顔を近づけてきたレンに答えるように、目を閉じてキスに応じた。その間も、フラッシュは何度も焚かれた。幸せな時間だった。室外で周囲の目を気にせずにこうして触れ合える喜びが、泉のように心に溢れかえった。
 ニコニコと那月が無邪気な笑顔を見せる。
「レンくん、僕、ずーっと憧れてたんです」
「へえ、何に?」
「結婚したら、子沢山がいいなぁって! だから、僕、レンくんの赤ちゃん、いーっぱい産みますねっ!」
 レンは一瞬真顔になったが、すぐに笑顔に戻った。那月は変わらずニコニコとレンを見つめている。彼の発言の真意をどちらに取るかは難しいところだが、真意など知ったところでどうなるわけでもない。これから自分たちは小さな箱庭の中でごっこ遊びをして暮らすのだ。その虚構の中で、彼の真意など、一体どれほどの価値があるというのだろうか。
「……うん、ありがとう、那月」
 腕の中の笑顔の天使が愛おしくて、レンはすぐさま唇を求めた。那月も一切躊躇うことなく、同じようにレンを求めてくれる。レンにはそれが嬉しかった。
「オレはいつまでもキミを愛すると誓うよ、那月」
「僕もです。僕も、レンくんをいつまでも愛すると誓います」
 婚姻届のような形式的な書類は必要ない。二人で互いの意志を確認できれば、それで良かった。それだけで、二人だけの結婚式を執り行った価値はあった。
 レンは那月を地面に下ろすと、二人は揃って、メイクを施してくれたスタイリストと、二人の晴れ姿をカメラに収めてくれたカメラマンに、一礼した。


 横浜にある神宮寺家の屋敷から仕事に向かい、帰ってきたらこの離れで二人だけの時間を過ごす――二人の新婚生活は、そんなふうにして始まった。レンは生まれてこのかた、神宮寺の屋敷だろうが、早乙女学園の寮だろうが、シャイニング事務所の寮だろうが、自分の住む場所に特に執着したことはなかったのだが、こんなにも家に帰りたい、帰るのが楽しみだと感じたのは初めてのことだった。
 そこに那月がいる。それだけで、家に帰る価値があるとレンは感じていた。
「ただいま」
 扉を開けると、突然何かにぎゅう、と身体を抱き締められた。
「おかえりなさい! レンくんっ」
 抱き締められた箇所が痺れるくらい強く抱き締められて、レンは息が出来ないとはこういうことを言うのか、と二重の意味で悟る。那月の背をぽんぽんと叩いて、
「那月、窒息しちゃうよ」
 と苦笑すると、ごめんなさい、と那月は手を離してくれた。罪悪感からか、微かに彼の表情が曇るのを見て、レンは彼の前髪をさらりとかき分けた。
「そんな顔しないでくれ。オレは嬉しかったんだよ。むしろ、那月に抱き締められて死ねるなら、本望だ」
 冗談めかしてそう言うと、那月は突然顔を上げて、険しい顔で首を横に振った。
「ダメです! レンくんが死んだら僕、もう生きていけなくなっちゃう」
「それはオレも同じだよ。だから、死ぬ時は一緒だね」
 はい、と真面目な、それでも幾分か和らいだ表情で頷く那月を見ながら、まるで戦場の真ん中にいるみたいな会話だ、とレンは苦笑した。違うのは、切羽詰まった感じは全くなくて、二人の心を満たしているのはただ幸福だけだ、ということだ。手足の末端に至るまで行き届いた幸福の感情が、レンの身体をいっそう熱くした。
「僕、晩御飯を作っていたんです! もう少し待っててくださいね」
 そこで初めて、レンは那月がピンクのフリルのエプロンを着ていたことに気付く。キッチンからも何やら良い匂いが漂っていて、レンは思わず息を吸い込んだ。
 那月はそのままキッチンに戻り、レンはダイニングテーブルの前に腰掛けた。晩御飯作りに奮闘する那月の後ろ姿があまりにも愛おしくて、レンは思わず目を細める。
 すぐに、レンの身体が疼いた。それは空腹のためではない、那月に触れたくてたまらないから。レンはたまらず、鼻歌を歌いながらキッチンを左右に動く那月に声を掛けていた。
「オレの可愛い那月」
 那月がはーい、と後ろを振り向いてくれる。
「おいで。キスしよう」
 那月は何も躊躇わずに、持っていたお玉を置くと、すぐにレンのところへ飛んできてくれた。軽くかがんで、座っているレンと口付けをする。レンは那月の頭に手を回し、ミルクティ色の髪をくしゃくしゃと撫でた。
「今日はね、グラタンなんです。僕の実家から送ってくれた、牛乳とバターとチーズをいっぱい使うんですよぉ。もちろん、味付けはレンくんの大好きな辛口で!」
「そうかい、それは嬉しいな」
 そう言いながら、夕食のことはほとんど頭になかった。もう一度引き寄せて那月とキスをした後は、ホワイトソースが焦げちゃうから、戻りますね、と那月はキッチンに戻ってしまった。それを特に引き留めることもなかったのだけれど、レンは名残惜しげに那月の背を見つめた。
 那月が動く度に、エプロンの白いフリルがふわふわと揺れる。食欲をそそる良い匂いもどんどん強くなる。だが、レンの興味が向くのは、那月その人だけだった。レンはいよいよ我慢ができなくなって、椅子から立ち上がっていた。
 キッチンまでゆっくりと、音を立てないようにつま先立ちで歩く。鍋をかき混ぜている那月の肩に手を置いて、そっと耳元に囁いた。
「ねえ……那月、愛してるよ」
 レンの右手が那月の胸を這う。あっ、と小さな声を出す那月が愛おしくてならなかった。
「レンくん……ダメですよ、こんなところで……お料理が焦げてしまいます……」
「じゃあオレたちも、愛で身を焦がし合えばいいじゃないか」
 まるで答えになっていない。でも、そんなことは今、どうでもいいのだ。レンの手はやわやわと那月の胸を揉んだ後、そろそろと下におりていって、那月の下半身に到達した。那月の下半身は、レンのそれと同じように、もうすっかり出来上がっているようだった。胸を揉んだだけで感じてしまうなんて。レンは那月の首筋にキスをする。
「ぁ……レンくん、そこは……ダメです……」
「そんなこと言って、那月の身体はもう準備万端のようだよ?」
 エプロンの下から那月のジーンズのジッパーを探り当て、那月を解放してやると、那月が一層熱い溜息を吐いた。レンが下着越しにやわやわと触れてやると、那月の身体は面白いくらいにびくびくと震えた。
「レンくん……僕、あぁ……っ」
「どうしたの? どうして欲しいか言ってごらん」
「僕……気持ち良くて、もっと、レンくんに触って欲しい……」
「どこを?」
「僕の……おちんちん……」
 艶っぽい那月の声に、レンの頭は沸騰しそうなくらい熱くなった。
「那月はエッチだね。でも、よく言えました」
 ご褒美に、レンは那月のトランクスを下げて、直接扱いてやる。まるで電撃が走ったように軽く身体を仰け反らせる那月。その先端からじわじわと透明の液が溢れ出して、レンの手を汚していく。それでもレンは、一切手を緩めなかった。
「ぁあん……はぁ、っ、ん、レンくんは……レンくんは、エッチな僕は……嫌い……?」
「愚問の極みだよ、那月。オレはどんなキミも愛しているに決まってるじゃないか」
「はぁっ、よかっ、た、……っあぁっ、……ダメ、僕、イッちゃ……うぅっ……」
 堪えるように唇を噛む那月。それでも堪えきれない下半身は、レンの手の中で暴れ続けている。レンは手の動きを速め、勢いよく那月を扱いた。
「イッちゃえばいいよ。我慢しないで気持ち良くなればいい、那月」
「ぅ、う、ぁああ、レンく――ぁああっ!」
 海老のように勢いよく仰け反って、那月はその場で射精した。
 グツグツと鍋の中で煮込まれているホワイトソースから、少しばかり焦げ臭さが漂っているのに、レンはそこでようやく気付いた。火事にだけはならないようコンロの火だけ消して、レンはくたりと脱力して倒れそうになった那月を支えた。
「那月……寝室、行く?」
 那月が艶っぽい瞳でレンを見上げる。そうして、彼は――静かに、頷いた。


 全てを脱ぎ捨てた後、レンはベッドに身体を横たえた。那月が上になりたい、と望んだからだ。レンとしては夕食代わりに那月を食べる勢いで攻め立てるつもりであったのだけれど、那月の望みとあっては、叶えないわけにはいかない。
 那月の尻の穴にローションをすりこんで、十分に馴らしてやってから、レンはほら、と自分のペニスに那月の手を導いた。那月はこくりと頷いて、自分の穴を指で広げ、レンのペニスを先っぽからゆっくりと呑み込んでいった。
「ん……んんっ、あっ」
 那月が少し顔を歪める。まだキツかったか、とレンも苦笑しつつ、それでも最初に挿入した時と比べると、随分すんなりと入るようになったと、感動すら覚えていた。本来はそんなものを挿れる場所ではない場所が、自分のペニスを受け入れるようになってくれたことが、純粋に嬉しかった。
 ぐぐ、と腰を押し進めて、那月の中に、レンが少しずつ入っていく。那月が何度も肩を上下させながら、ゆっくりとレンの方に迫ってくる様は、見ていてひどく興奮する光景だった。レンのペニスに激しく血が通うのを感じた。ともすれば、この光景だけでも、十分にイクことができる――そんな考えが過ぎった。
「っ、はぁ……っ……」
 大きな息を吐き出して、ようやく、那月がレンのペニスを全て受け入れた。お互いに一息ついて、けれど那月はそこで動きを止めなかった。相当苦しいだろうに、そこからもがくように、腰を上げようとする。そうしてまた、奥まで身を沈める。ゆっくりな動きではあったけれど、いつもの那月とは違って、どこか必死さが感じられる気がした。
「那月……どうしたんだい、何かあったのか」
 那月がはぁ、はぁ、と息をしながら、ゆっくりと顔を上げた。
「僕……赤ちゃんが、早く欲しくて。レンくんの赤ちゃんが」
 その表情には、ある種の悲壮感すら漂っていた。レンは結婚式の時の那月の言葉を思い出した。あれは言葉そのままが真意であったのか、いや、それとも。微かに眉根を寄せたレンに、那月は構わず腰を動かし続けた。
「レンくん、お願い、僕のナカに……レンくんを、いっぱいください、いっぱい出してっ」
「っ……那月、お前は、」
 那月のナカで扱かれる快感に耐えながらレンが彼に手を伸ばすと、那月はそれに応えるように、自分の指を絡めた。
「僕……わかってるんです。この生活が永遠じゃないってことも、僕とレンくんじゃどうやったって、赤ちゃんなんかできないってことも」
 レンは目を見開いた。やはり、彼の真意は表面上の言葉の中にはなかったのだ。彼はわかっていたのだ。この箱庭の生活が、虚構であるということが。
「でも……それでも、僕は願ってしまう。永遠に続けばいいのにって。レンくんとの間に赤ちゃんができれば、僕らはずっと一緒にいられるんじゃないかって。僕たちを永遠に縛ってくれる鎖がどこかにあるんじゃないかって、だから、僕は、」
 休みなく腰を動かし続ける那月の中で、レンがますます太く硬くなっていく。出してはいけない。何故か、咄嗟にそう思った。なのに、レンの身体は快感に正直に反応してしまう。那月の中に擦りつけられるたび、レンの背を快感がざわりと駆け上がっていく。那月の吐息がレンの腹の上に落ちて、そこからじわじわと熱を広げていく。もう、限界だ、と悟った。レンが強く顔を歪めるのを、那月は見逃さなかったらしい。
「レンくん、我慢しないで、僕のナカにいっぱい出してっ、お願いっ……!」
「那月、なつき、く、っ……っぁあっ……!」
 ずん、と那月の最奥に当たる感覚が、レンの射精を促し、そして――果てた。


 ペニスは那月の中に留まって、びゅるびゅると精液を吐き出し続けた。収まりきらなくなった白濁は、那月の中からぽたぽたとシーツの上に落ちていく。
 そこでレンは初めて、那月の頬に涙が伝っているのに気が付いた。その雫はレンの精液のように、ぽたぽたとレンの腹の上に落ちる。とろりと流れ落ちる雫は熱くて、火傷しそうだった。
「幸せ……幸せです、僕は……レンくん、あなたに愛してもらえて。あなたを愛せて」
 レンはたまらなくなって、繋がったまま、身体を起こして那月を抱き寄せた。那月の涙が、今度は無防備な肩に落ちて流れた。
「那月」
 自分の中にある、全ての愛を込めて呼ぶ。
「オレも、幸せだよ。こんなにも全身全霊を掛けて愛そうと思う人ができたんだから」
 慈しむように、何度も何度も、那月の髪をくしゃくしゃと撫でた。
「永遠なんて、あるかないか考えるものじゃなくて、きっと作っていくものだと思うよ。これから。不安なら、何度もオレを呼べばいい。オレを抱き締めてくれればいい。オレを求めてくれればいい。オレは何度でもそれに応えるから。オレも何度でも、那月を求めるから」
 那月はそれに応えるように、ぎゅ、とレンの肩に掛けた手に力を込めた。
「結婚ごっこはもう十分やったし、オレは満足したよ。那月の喜ぶ顔も見られたしね。ここらでもう一度前の生活に戻って、それから、オレたちの新しい生活を考えてみるのもいいかもしれない」
「……そうですね」
 那月もこくりと頷いた。
「アイドルを続けて、しばらくして、二人で生活していけるようになったら、小さな家を買おうか。誰にも邪魔されない、静かな場所に」
「森の中がいいです。たくさんの動物さんたちに囲まれて過ごせたら、きっと素敵だから……いつでも窓を開けて、誰でも入って来られるようにして。でも、僕とレンくんの寝室だけは、二人っきりになれるように」
「当然、だね」
 そのテリトリーだけは、守れるようにしておきたい。
「あと、キッチンはうんと大きい方がいいです! 僕とレンくんが、いつも番組でやってるみたいに、一緒にお料理できたらきっと楽しいから」
「ハハ、そうだね。一緒に作った方がきっとおいしくできるに違いないよ」
 周りから理解されたことはないけれど、オレたちは不思議と味覚が合うしね。レンはそう心の中で呟いて、那月の唇を奪った。唾液と唾液が絡み合って、艶めかしい水音を立てる。食むようなついばみの後は、舌を入れて、もっともっと深く求め合うように。
 短い夫婦生活最後の日となりそうな今日を、しかし二人は悲観的に見てはいなかった。むしろ、自分たちの先に続くのは、明るい希望だ。そう確信しながら、二人は再び、互いの身体に深く身を埋め合った。


アニメ2期4話の主従レン那に萌え滾った結果。最近この二人セット売りされてて超嬉しいです(2013.4.30)