親密になるのに、きっかけなんて多くはいらない。二人を結びつける何かが、一つでもありさえすればそれでいい。
 レンと那月の場合、二人を結びつけたのは、那月の作った動物型のクッキーだった。


 昼休み、カフェテリアに向かったレンは、中央のテーブルで何やら騒いでいる様子の翔を見つけた。遠くから観察していると、どうも隣に座っている眼鏡の男子生徒が翔を後ろから抱き締めていて、翔はそれに抵抗しているようだった。
 その仕草は男同士でありながら、一切のいかがわしさをも感じさせなかった。まるで母親が子どもを愛おしむように抱くような動作に、レンは思わず目を奪われていた。
 何やら面白いことになっているようだ――好奇心を持って、レンは二人に近づく。翔がいち早くそのレンの姿に気付いて、助けを求めるかのように瞳を潤ませてこちらを見た。
「レン! たっ頼む、助け――ッ!」
「翔ちゃん、はい、あーんっ」
 その眼鏡の男子生徒はミルクティ色の髪を揺らしながら、指に挟んだ黒いクッキーを翔の口へと運んでいく。翔は目を見開いて、いやいやと首を振った。それでも彼は容赦なく、クッキーを口に押しつけようとする。
「失礼。それ、オレがいただいても構わないかな?」
 助け船半分、好奇心半分でレンが横から口を出すと、彼は驚いたように顔を上げた。眼鏡の向こうの薄緑の無垢な瞳と目が合う。彼はしばらくじいっとレンを見つめた後ぱあっと笑顔になって、クッキーが大量に入ったバスケットをレンの前に差し出した。
「はいっ、どうぞ! 僕が昨日焼いたんです!」
 レンはしげしげとバスケットの中を眺める。クッキーは大小様々たくさんの形があって、一つ一つ、動物の形にくりぬいてあるようだった。見た目は何の問題もない、おいしそうなクッキー。レンが人差し指を動かして物色していると、束縛を失ってようやくまともに声が出せるようになった翔が、慌てたようにレンに向かって叫んだ。
「レン、やめとけって! 食ったら死ぬぞ!」
「おいおい失礼だな、おチビちゃん。こんなにおいしそうなのにさ」
「いやマジだって! 見た目は大したことないかもしんねえけどとにかくヤバイんだって! 悪いことは言わねーから、それだけはやめと――」
 翔が言い終わる前に、レンは一つ、彼の焼いたクッキーを口の中に放り込んでいた。途端に翔が顔面蒼白になり、一方の彼は期待を込めた瞳でレンをにこにこと見つめた。
 何度か口の中で咀嚼する。今までに食べたことのない味がした。これは果たして、本当にクッキーなのだろうか――そう思ってしまうほどの刺激的な味が、レンの口の中で弾ける。
 だが――レンの中で結論は出た。なかなか悪くはない。
「うん、うまいね」
 レンが微笑みを浮かべながらそう言うと、翔が信じられないとでもいうようにあんぐりと口を開けた。彼はますます嬉しそうな顔をして、わぁ、と感激の声を洩らした。
「おいしいって言ってくれたのは、あなたが初めてです!」
「そうなのかい? オレは刺激的で悪くないと思うけどね」
「レ、レン……お前、どういう舌してんだ……」
 翔が驚き半分、呆れ半分で呟くのを聞き流しつつ、レンは近くにあった椅子に腰を下ろして、彼と向き合った。
「ところで、キミの名前は――?」
「あ! そういえば、自己紹介がまだでしたね。僕はAクラスの四ノ宮那月。寮では翔ちゃんと同じ部屋で生活してるんです」
「ああ、なるほど。そういえば入寮の時に会ったかな?」
「そうだったかもしれませんね。あなたは確か、神宮寺――」
「レンだ。よろしく、シノミー」
「シノミー……すっごく可愛い名前です! そんなふうに呼ばれたのは初めてです」
「気に入ってもらえて何よりだ」
 レンが手を差し出すと、那月もにっこりと笑って自分の手を差し出した。
 言葉をまともに交わすのは初めてだというのに、レンは何故か那月の前で安堵を覚えている自分に気付いた。彼の発する雰囲気があまりに柔和で、優しく包んでくれるような温かさがあったせいかもしれない。
 握った手を離した後、レンは身体を乗り出して尋ねた。
「シノミーはいつも、あんなふうにクッキーを?」
「はい。でも、あんまり作るなって、よく翔ちゃんに怒られちゃうんですけど」
「当然だ! お前の作る料理は全部デリシャスどころかデンジャラスだからな!」
 翔が那月を指差して力一杯に言う。余程鬱憤が溜まっているらしい。確かにあれはクッキーらしからぬ味がしたが――あの味をすっかり気に入ってしまったレンは、そこまで言わなくてもいいだろうに、としか思わなかった。
「オレはあの味、気に入ったけどね。なかなか刺激的で、オレを楽しませてくれる味だった」
「……信じられねぇ……」
 翔がやれやれと呆れたように溜息をつく一方で、那月は嬉しそうにレンの手を握った。
「レンくんは、僕の料理をおいしいって言ってくれるんですね!」
「ああもちろん。もっとキミの料理、食べてみたいな」
「本当ですか! じゃあ、今度また作ってきますね!」
 心底嬉しそうに言う那月の顔を見ていると、レンの頬まで自然と緩む。横からそのやりとりを聞いていた翔が、「ついてけねえ」、とそっぽを向くのが見えた。


 それからというもの、レンは那月とカフェテリアで顔を合わせる機会が多くなった。というのも、那月が毎日レンの分のお弁当を作ってくるようになったからだ。レンは女子生徒の誘いを断って、那月と昼休みを一緒に過ごすことが多くなった。
 時には他の音也や真斗といったAクラスの面々や、翔が一緒にいることもあったが、レンが那月のお弁当をおいしそうに食べていると、何故か全員が驚きの表情に変わっていくのがおかしかった。
「レン、那月のお弁当なんか、よく平気で食べられるよなぁ……」
「全く信じられん。まあ、こいつは普通の料理に思い切り刺激物をぶち込むような味音痴だから、四ノ宮と舌の感覚が合うのも道理なのかもしれないが」
「おい聖川、その言い方は気にくわないな。ただ辛党なだけだよ、オレは」
 真斗の言葉に青筋を立てると、真斗は言葉もないといった様子で呆れたように溜息をついた。いやいや、と翔が真斗の心情を代弁する。
「どー考えても辛党なんて枠越えてると思うぜ、俺は。那月、その卵焼き、やけに赤いけど一体何を入れたんだ?」
「辛党のレンくんのために、辛いものをいっぱい入れてみたんです! イカの塩辛とキムチが入ってるんですよぉ! 味付けはタバスコです!」
「うっわぁ……辛そう……」
 音也があからさまに嫌そうな表情をして、顔を背けた。
「オレは今日このお弁当のメニューの中で、これが一番お気に入りだけどね」
 レンがそう言いながら笑顔で卵焼きをつまみ口に放り込むと、音也がすげぇ、と感嘆ともとれる溜息を洩らした。
 そんなある日のこと、レンはたまたま廊下で、お弁当の入ったバスケットを持った那月と出会った。昼休みのチャイムが鳴り、これからカフェテリアに向かおうと思っていた矢先のことだった。
「シノミー!」
「あっ、レンくん! ちょうど良かった、探してたんです」
「オレを? 嬉しいな」
 そう言うと、那月はにっこりと笑った。
「実は、森の中に僕のお気に入りの場所があるんです! 今日はそこで、二人で食べませんか?」
「へえ、森の中に?」
「はい。動物さんたちがたくさんいて、とっても楽しいんですよぉ」
 楽しげな那月に誘われるまま、レンは森の中へ行くことを同意した。
 早乙女学園の敷地は広大で、教室棟や寮などといった建物から少し離れると、大きな庭園や広い池、果てには森までもが広がっている。那月は緑の芝生の上を楽しそうにスキップしながら、森に向かって歩いて行った。レンはその後ろ姿を目を細めて見ながら、ゆっくりとついていく。
 木々の生い茂る森の中をしばらく進むと、やがて開けた場所に出た。中央に大きな切り株があり、腰掛けるには最適だといえた。那月が立ち止まり振り返って、両手を大きく広げる。
「ここです! 素敵でしょう?」
「ああ。こんなところに来たのは初めてだよ」
 レンは物珍しそうに周りを見回した。木々についた瑞々しい葉が風の流れにそって揺れ、地上にはあちこちに白、黄、赤といった色の花が咲いている。那月は切り株に腰を下ろし、バスケットを広げた。
「はい、レンくんどうぞ!」
「それじゃ、いただこうかな」
 レンも那月の隣に腰を下ろし、バスケットの中を覗き込んだ。
「今日はサンドイッチを作ってみたんです! 中のハムとチーズは、僕の実家から送ってきたものなんですよー」
「へえ。そういえば、シノミーはどこの出身なんだい?」
「北海道なんです。僕の実家は牧場で、お父さんがハムやチーズを作ってるんですよぉ」
「なるほどね。しかし、こいつはうまそうだ」
 重ねられたパンの中からはみ出す黄色のチーズと、透き通るようなピンク色のハム。瑞々しい色のレタスが挟まれて、見ているだけで涎が出そうだった。レンは中身を落とさないように気を付けつつ、それを口に運ぶ。
「うん、うまいね!」
 余計な味付けを施さず、素材の味を生かしたサンドイッチを、素直においしいと感じた。いつもなら物足りない、と調味料をかけてしまうところだが、今回ばかりはそうするのが勿体ない気がした。
 那月はにこにこと、嬉しそうにレンの顔を眺めた。
「レンくんに気に入ってもらえて良かった。本当は、もっと辛くした方がいいのかなとも思ったんですけど……」
「いいや、このままで十分美味いよ。いつもありがとう、シノミー」
 レンが礼を言うと、那月ははい、と元気よく返事をした。
「僕、最近お料理をするのがとっても楽しいんです。レンくんがおいしそうに食べてくれるから。僕の作った料理を食べてるレンくんの顔を見るのが、今の一番の幸せなんです」
 微かに頬を染めて、那月がそう告白する。その表情があまりに愛おしく見え、レンは一気に夢中になった。こんなふうに心が惹き付けられる体験は、今までに一度もなかった。
「あ……小鳥さん、それにリスさんも。こんにちは」
 いつの間にか那月のところに寄ってきた小動物たちに、那月は微笑みながら挨拶をする。指の上に茶色の小鳥を乗せ、膝の上にリスを乗せて、那月は何やら彼らと会話をし始めた。その横顔を、レンはサンドイッチを口に運びながらじっと見つめていた。
 こうして見ると、那月の横顔はまるで彫刻のように洗練されていた。女性美に似たものすら感じさせる、整った顔立ち。無造作に踊るミルクティ色の髪。慈愛に満ちた金緑石の瞳は、どこか無機質なようにも思えた。小鳥や小動物たちに語りかける彼の頬と唇は紅く艶めき、空に歌うような声を響かせていた。
 まるで一枚の絵のような、完成された世界がそこにはあった。けれどもその世界は、どこか危うさすら秘めているように、レンには感じられた。外から少しでも刺激を与えれば、一気に崩壊してしまいそうな。
 先程まで自分を見つめていたはずのあの無垢な瞳には、一体何が映っているのだろう。レンは彼の瞳に映る小動物たちに嫉妬した。あの美しい金緑石を自分のものにしたい。胸の内にこんな強い感情が芽生えたのは、初めてのことだった。
「シノミー」
 唇を震わせて名を呼ぶと、那月がこちらを向いた。一瞬驚いたように見開かれる瞳を、この上なく愛おしいと思った。すぐさま笑みの形に広がる唇も、微かに染まる頬も、全て。
「はい。なんですか、レンくん」
「キミに、オレだけを見ていて欲しい」
 那月の表情が一瞬だけ戸惑いに染まり、すぐに柔和な笑みを形作る。
「僕は今、レンくんを見てますよ?」
「そういうことじゃないんだ」
 完成された那月の世界をただ愛でるだけでは足りなくなっていた。壊してしまいたい。自らの手で。そうすることで自分の手をなすりつけて、那月を自分のものだという印を付けたい。
 レンは那月の肩に軽く手を置き、素早く唇を奪った。一瞬、那月が鋭く息を呑む気配があった。何かが壊れる音がした。けれど、壊れたのは那月の世界ではなく、二人を隔てる壁だった。
 食むように唇を動かすと、艶めかしい水音が響いた。柔らかくて弾力のある唇を、レンはただただ無心に求めた。那月もすぐさまそれに応じて、レンに唇を押しつけてきてくれる。それがたまらなく嬉しかった。背徳感と幸福感がない交ぜになり、レンの心はこれ以上ないくらいに高揚した。
「レンくん……」
 互いの顔が離れた後、那月の潤んだ瞳がこちらを見た。眼鏡の奥の金緑石が一層強く輝くのを見て、レンはこの上なく満足した。
「キミを、オレだけのものにしたいんだ」
 そう言って、レンは那月を思い切り抱き締めた。やがて戸惑いがちに、那月の手がレンの背に伸ばされる。何故唐突に、こんな衝動に駆られてしまったのか、分からなかった。けれどきっかけとなる感情なんて、一つあれば十分だった。那月の完成された美しい世界に、自らの印をなすりつけたいという、醜い独占欲。
「……レンくん」
 那月の唇が震えて、レンの名を紡ぐ。きゅ、と指が折れて、縋るようにレンの服を掴まれた。拒絶されているのではないと、はっきり分かった。今はそれだけで十分だった。レンは愛おしむように、那月の無造作に跳ねる髪を何度も何度も撫でていた。


 那月の包容力は、母親という存在が持つそれに似ていると思った。
 レンは母親の温もりを知らずに育った。だからこそ、母親という存在に焦がれてやまなかった。お前は母親に似ている。そう言われて育ったから、尚更のことだった。
 あれからも何度か、二人は他の人間の目を盗んで、昼休みにこっそりと森へ出掛けた。切り株の上に腰を下ろし、那月のお弁当を広げ、二人で食べる。那月の意識が小鳥や小動物たちに向かう度、レンはこちらに振り向かせようと、横から彼の唇を奪った。那月もそれに応え、唇を食むように動かしてくれる。その時はそれで満足できるのだけれど、小鳥が構ってくれと言わんばかりに髪に止まると、彼の意識はすぐそちらに向いてしまう。那月を独占できないわがままな苛立ちを、レンは無理矢理微笑みを浮かべることでごまかしていた。
 こんなにも独占欲が強い自分は初めてだった。そもそも、こんなに他人に執着したことなど、今までほとんどなかったのだ。誰に対しても良い顔をし、笑みを振りまいてきた。だがそこに、レンの真実の心はない。上辺だけの薄っぺらい関係だ。
 だが那月は違った。自分に愛を向けてくれるものに対し、平等に愛を振りまいていた。それは決して、レンのように薄っぺらなものではなかった。レンにも、翔にも、Aクラスの面々にも、そして小鳥や小動物にも。それがレンには嬉しくて、また嫉妬の炎を燃やす要因にもなった。
 そんなある日のこと、いつものように切り株の上でお弁当を食べていると、そうだ、と手のひらに乗った小鳥の頭を撫でながら、那月が言った。
「レンくん。今日の夜、お暇ですか?」
「ああ、特に予定はないけど……もしかしてお誘いかな?」
 那月にしては随分大胆な――レンがにやりと笑んで期待に胸を膨らませていると、はい、といつもと変わらぬ無邪気な声で、那月が頷いた。
「今日は天気が良いから、いっぱいお星様が見られる日なんです! だから是非、レンくんと一緒に見たいなって」
「……ああ、なるほど、星の方か。シノミーにしては、やけに大胆だと思ったよ」
 期待してしまった分拍子抜けしつつも、那月らしい、とレンは微笑む。
「もちろん構わないよ。夕飯が終わったら、寮の入り口で待っていればいいかな?」
「はい! 楽しみですねぇ」
 穢れなき金緑石の瞳がきらきらと輝く。その瞳は、まるでレンの暗闇のような心に灯った、明るい星のようだと思った。


 夕食を手早く済ませ、レンはいち早く寮の玄関までやって来た。レンがやけに急いでいるのを見て、同室の真斗が何事かと眉を吊り上げたが、どうせ女性と約束でもしているのだろうと考えたのか、『門限は守るように』と言ったきり、背を向けてしまった。
 那月はまだ来ていなかったが、レンはこうして人を待つ時間は嫌いではなかった。会った時にかける言葉、その後の相手の反応、そしてそれからどう相手をエスコートしていくか、そういうことを想像したり考えるのが純粋に楽しかったからだ。今のレンも、様々なことを想像していた。那月が来たらどんな言葉を交わそうか、そして彼とどんな一夜を過ごそうか。レンの心は今までにないくらい弾んでいた。
「あっ、レンくーん!」
 廊下の向こうから声が聞こえてきて、レンは俯けていた顔を上げた。那月が急いだ様子でこちらに走ってくるのが見え、レンは頬を緩めて、シノミー、と優しく呼びかけた。
「急がなくてもいいよ。オレが早く来てしまっただけだからね」
「すみません、お待たせしてしまって……翔ちゃんと一緒に食器洗いをしていたら、こんな時間になってしまって」
 那月の言葉の中で、翔、という名前だけが溶けずに残り、レンの心の中でちりちりとくすぶった。
 レンは那月の腰を強引に取って歩き出した。突然のことに、わっ、と那月が少しよろめく。その身体を自分の方に引き寄せて、レンは戸惑う那月に顔を近づけた。
「シノミー、オレと一緒の時は、他の男の名前を出すのはなしだ。いいね?」
「あっ……はい、わかりました」
 那月は素直に頷いて、良い子だ、とレンは明るく笑った。
 外に出た途端、那月は空を見上げて瞳をきらきらと輝かせた。レンもつられて夜空を見上げ、ほう、と思わず感嘆の溜息を洩らす。
 墨を流したような夜空一面に、宝石を散りばめたかのように美しい星々が瞬いていた。二人は少し寮から離れた場所まで歩き、芝生の上に腰を下ろして星空を見上げた。レンはしばらくして視線を下げ、那月の横顔を見つめる。那月の表情はいつかのような無機質な彫刻ではなく、色を持って生き生きと輝いていた。緑がかった薄黄色の瞳は細かに動き、どんな星も見逃すまいとしているかのようだった。
「シノミーは星が好きなんだね」
 芝生に手をついてそう言うと、ええ、と那月が夜空を見上げたまま相槌を打った。
「ずっと、昔から。ほら、レンくん、あの一際強く輝く星が見えますか? あれが――」
 那月が夜空を指差し、星座講座が始まった。レンは今まであまり星座に興味はなかったが、那月の言葉は一言も聞き漏らすまいと、集中した。相槌を打ちつつ、空に目を向けていると、煌めく星の一つ一つが、とても美しく愛おしいものに思えた。それと同時に儚く悲しいものにも思えてきたのは、星座の神話を同時に聞いていたせいかもしれない。
 那月の話が一段落した後、レンは一際強く輝きながら寄り添う二つの星を空に見つけて、シノミー、と言いながら指差した。
「あの二つの星は、星座として繋がっているのかな?」
 那月はその方向に視線を移した後、いいえ、と首を横に振った。
「あれはそれぞれ、別の星座の星ですね。確かにまるで寄り添っているみたいに、とても近くにはあるのですが……」
「そうかい……それはちょっと残念だ」
 あの寄り添い繋がる星は、まるでオレたちのようだね――そんな言葉を言おうと思っていたのに。でも、とレンは気を取り直す。
「あの星と星を繋げたら、一体どんな星座ができるかな」
 那月は膝を曲げて抱え込みながら、ううん、と考え込むように唸る。レンはそんな那月の一方の手を取って、ぎゅっと握り締めた。
「もしあの二つの星が、たとえ本当は一つの星座でなくても、オレたちが勝手に線を引いて、新しい星座を作る分には自由だ。そう思わないか?」
「それは……ええ。とても楽しそうだと思います」
 那月の唇がほころんだ気がして、レンは喜びを感じた。
「なら、考えてみようじゃないか。オレたちであの星座の形を。星座の名前を」
 そう言ったとき既に、レンの中から星座への興味は失せていた。那月の唇に自分のそれを重ね、ゆっくりと芝生に押し倒す。那月は抵抗せずに、レンの身体を受け止めてくれた。それどころか自然と背に手を回し、ゆるりと抱き締めてくれる。
「……好きだよ、シノミー」
「レンくん、僕も……」
 那月の胸に顔を埋めると、那月はレンの頭を優しく撫でてくれた。まるで母の胸の中に抱かれる乳飲み子のようだ。そんな喩えが浮かんで途端に気恥ずかしくなったけれど、心地よいこの場所から離れることの寂しさに比べたら、羞恥などいくらでも耐えられる気がした。那月は決して拒絶しない。それがレンを安堵にも、不安にも駆り立てる。
「シノミーは絶対に、嫌だ、って言わないんだね」
 レンが顔を埋めたままそう言うと、レンの頭を撫でる那月の手が一瞬止まり、すぐに動き出した。
「……だって、嫌ではないですから」
「本当に?」
「本当です。だって、レンくんがこうやって僕を求めてくれるのが、とても嬉しいから……」
 那月はそこで、思いがけないことを言う。
「レンくん、いつも寂しそうな目をしているでしょう?」
 レンは思わず目を見開き、顔を上げて那月を見た。那月はやや憂いの帯びた瞳で、レンを見下ろしていた。
「出来るのなら、僕が癒してあげたいと思ったんです。レンくんの孤独を、僕も引き受けて……」
 そうして、一緒に。那月が声を発さずに、唇だけ動かす。
 レンは愛おしさが胸から溢れて止まらなくなった。那月は気付いていたのだ。レンの笑みの奥に隠された、密やかな孤独に。幼い頃から抱えてきた、どうしようもない寂しさに。
 どうして彼はそんなことが分かるのだろう。レンの中で答えは出なかった。けれども、一つだけ分かっていることがあった。レンは今ならはっきりと言える。那月を愛していると。
「シノミー、ああ……シノミー」
 再び那月の胸に顔を埋めて、彼の服を握り締める。
「これ以上、オレを夢中にさせてどうする気だい?」
 このまま那月の身体と一体化してしまいたいと思った。きっと那月は受け止めてくれるだろうという確信があった。那月の身体はこんなにも優しい。それはきっと、レンの思い込みなどではない。どこに那月の中に入れる穴があるのだろうと、レンはしばらく彼の胸をまさぐった。
「レンく、くすぐった、ひゃっ」
 那月が声を上げる。その声にすら艶があって、レンの耳を夢中にさせた。レンが手を止めると、那月が一度深呼吸して、人差し指でレンの背を優しくなぞった。
「っわ、シノミー、やめてくれ……くすぐったい」
「ふふ。さっきのお返しです」
 子どものように笑い合う二人の声が、野原を渡って駆けていった。これ以上心地よい時間など、他にあるわけがない――そう確信してしまいそうになるほど、レンは今に夢中になっていた。


 唇を重ね、唾液を啜る。舌を絡め歯列を愛おしげになぞると、那月が艶っぽい溜息を洩らした。レンの右手が那月の胸の上を滑り、一つ一つシャツのボタンを外していく。
 顕わになった白い肌に口付けて、桃色の突起を啜った。
「……ぁっ」
 びくん、と那月が身体を震わせる。レンは少し顔を上げて、満足げに微笑んだ。
「シノミー、すごく感度が良いね」
「レン……くん……」
 舌で撫で、唇を付けて啜るたびに、那月の嬌声が上がる。ここで良かった、とレンは心底思った。ここなら誰もいない。レンだけが、那月の声を、身体を、全てを独り占めできる。
 那月の膨らんだ下半身を解放してやると、那月が安堵したように熱っぽい息を吐いた。手を添わせ、軽く扱いてやる。ゆるゆると先端から液体が滲み出てくるのを感じて、レンは那月自身を、とてつもなく愛おしく思った。
「シノミーは本当に可愛いね……」
「ぁ、レンく……ダメです、僕……おかしく、なっちゃう」
「我慢しないで。オレはありのままのキミを――那月を、見たい」
 初めて名で呼ぶと、那月の目が大きく見開かれて、直後優しく緩んだ。金緑石の瞳に、ガラス玉のような液体が宿る。
「うれしい……」
 ガラス玉ははらりと零れて那月の白い頬を伝う。それを人差し指の先で拭ってやりながら、レンは愛おしげに那月に口付けた。
「もっと、名前で呼んでください」
 切なげに目を細めて懇願する那月を上から見下ろして、レンはもちろん、と言いながら、てらてらと光る那月自身の先端を、指で軽く弄ってやる。
「那月」
「ぁあっ」
 まるで稲妻が落ちたかのように、那月の身体が小さく仰け反る。レンはますます昂ぶるのを感じて、手を素早く動かした。そうしているうちに、レン自身のものも、ズボンの中で怒張し始めた。軽く身体を起こしてそれを見た那月が、あっ、と声を洩らす。
「レンくんのも……」
「あぁ、どうやらそうらしいね。那月がこんなにエッチだからだよ」
 那月は照れたように頬を染めて笑った後、レンの束縛を抜け出して、レンの股間へと顔を近づけた。ゆるりとジッパーを下ろしでてきたそれを、しげしげと眺めた後、突然大きく口を開いて、それを呑み込もうとした。
「っ、那月……!」
 那月の舌遣いは拙いものであったけれど、それゆえに一生懸命で、レンをますます昂ぶりへと駆り立てるものだった。
「は、……っん、はぁっ……」
「レンくん、ひもひひい?」
 咥えたまま喋る那月を見下ろし、なんて良い眺めなのだろうと思った。唇と舌を使って必死にレンのそれを射精に促そうとしている姿に愛おしさを覚えると同時に、このままでは終われないという、ある種の対抗意識が燃える。
「なつ、き……!」
 レンは射精感に堪えつつ腰を引いて那月を離すと、そのまま那月の身体を抱き締め寝転んだ。急なことに、あわわ、と那月が慌てる。その姿を微笑ましく見つめながら、レンは上目遣いにお願いをした。
「那月。その体勢のまま、後ろ向けるかい?」
「え? えっと、こうですか?」
 那月が四つん這いになったまま、レンの顔に尻を向ける。
「そう、いい子だ……」
 そう言うが早いか、レンは顔を少し上げて那月の勃ち上がったそれにかぶりついた。
「ひゃっ!」
 那月の腰が大げさなくらいに揺れるのがおかしかった。レンは舌なめずりしながら、那月に言う。
「これで、おあいこだろう?」
 那月は一瞬の後、その意味を悟ったようだった。微かに頬を赤らめた後、そのまま恥ずかしがるのではなく、肩の向こうからレンに向かって嬉しそうに笑って見せた。
「レンくん、すごいです。こうすれば、僕もレンくんも一緒にできるんですね」
「そうだ。賢いだろう?」
「ええ、とっても」
 那月が前に向き直って、レン自身を口にくわえて扱き始める。下半身の快感に堪えながら、レンも那月の袋を舐め、竿に舌を沿わせた。その度に、那月が驚いたように腰を浮かすのがおかしかった。でもそれ以上に、とても愛おしかった。
「ふぁ、あ……レンくん……!」
「っ、なつ、き……」
 唾液と自身から滴り落ちる液とで、口の周りがべたべたになる。それでも二人は止まらなかった。お互いを唇で慰め合って、自分の唾液を垂らして、己の印を付ける。その行為が、どれほど愛おしく、優しく、そして淫らな行為か。それを考えるだけで、レンの頭は沸騰しそうなくらいに熱くなった。
 がくん、と那月の腰が揺れる。
「レンく、僕、もうダメ――ぁああっ!」
「那月、っ、離れ――」
 直後レンの目に飛び込んできたのは、那月の白濁した劣情の塊だった。そのすぐ後に襲い来る脱力感。レンは芝生の上に身体を横たえて、ぼんやりと那月の劣情を見つめていた。那月は腰を震わせて、レンの白濁まみれになった顔をくるりとこちらに向け、微笑みを浮かべた。彼を覆っていた彫刻はすっかりレンに侵食され、錆び落ちた内面から生来の那月が顔を出した――そんな気がした。


「後で大浴場に行った方が良さそうだね。二人で」
「はい……そうですね」
 レンと那月は肩を寄せ合って、再び星を見上げていた。空にはまだ、先程見ていた二つ星が煌めいている。
「あの星座の形と名前、考えるかい?」
 でもそんな言葉は、この場を繋ぐ口実に過ぎない。那月がそうですね、と相槌を打つ間に、レンは素早く剥き出しになったままの那月の白い胸に顔を埋めた。
「レンくん……ひゃっ……髪がくすぐったいです」
 くすくすと笑う那月の声が、鼓膜を心地よく震わせる。
 しばらくして、那月は再びレンの頭を撫で始めた。ゆっくりと、優しく。レンの身体の芯まで溶け込ませるようにして、手の感覚を馴染ませる。
「僕……少しだけ考えていたんです。あの星座の名前」
「へえ……本当に? 聞かせてくれないかな」
「ええ。……あの星座の名前は――」


 言いかけて、那月が鋭く息を呑む気配があった。
 ざあっ、と不穏な風が吹き抜ける。ただならぬ気配を感じて、レンは思わず顔を上げた。かちゃり、と音がして、那月の眼鏡が地面に落ちる。レンは思わず唾を呑み込んでいた。
 那月のミルクティ色の髪の間から、鋭い瞳が覗いていた。あの透き通るような金緑石はもう、輝きを失っていた。
「……どけ。那月に触れるな」
 レンの胸に鈍痛が走る。那月の――いや、何者かの手が、レンの胸を強く押したのだ。レンはその勢いのまま、地面に仰向けに倒れ込んだ。そこに、那月が馬乗りになる。否――彼は那月などではない。彼は――
「お前……誰だ?」
 レンが睨み付けると、はっ、と彼は軽く笑った。攻撃的な笑みを閃かせ、彼は自己紹介をする。
「俺は砂月。那月の影」
「影……」
 こいつは厄介なことになったな、とレンは上唇を舐めた。強がって唇の端を吊り上げたままにしてあるが、内心はとても穏やかではない。
「お前のせいで、那月の負担が増えている。金輪際、那月に近づくな」
「オレが、那月の負担、だって?」
「そうだ。那月はお前を受け入れようと思うあまり、お前の孤独を理解しようと思うあまり、神経をすり減らしている。那月はただでさえ、一人で大きな孤独を抱えているってのに!」
 レンの目が見開かれた。砂月が声を荒げる。
「他人の孤独を抱える余裕なんて、那月の中にはこれっぽっちもありはしない。それなのにお前がすがるような真似をするから、那月はそれを受け入れようとして無理をしている! 俺はそれを止めるために出てきた。さあ、さっさとここから去れ! そして二度と那月に触れるな! 二度とだ」
 砂月の言葉がレンの心の最奥に突き刺さる。那月の彫刻のような無機質な瞳の意味が、聖母の如く皆を愛するその精神の理由が、今ようやく分かった気がした。那月はレンよりも奥深くに、孤独を隠し持っていた。それを決して表に出さず封印していた。それが、レンの欲望の手にまみれたことによって顕在化してしまったのだ。
「那月は繊細なんだ。お前はその、那月の繊細な心を強烈に揺らして弄んだ」
 静かな怒りが、唾液に濡れた唇から震えて飛び出す。それは事実だから否定はできない。那月の平穏そのものの世界をこの手で壊したいと、欲望のままに動いたのは他でもないレン自身だ。だが――それは何も、那月の心まで壊したいと思ってしたことなどではない。
「那月は、孤独だったのか」
「そうだ。誰にも理解されない孤独――理解できるのは、俺ただ一人だけだ。俺は繊細な那月の心を守るために生まれた存在だからな」
 砂月はそう言い切って、鼻を鳴らした。
「お前に那月の孤独など、理解できるはずもない」
 確かにそれは正論なのかもしれない。他人の心を完璧に理解することなど不可能だ。だがそれでも、愛する人を少しでも理解したい。理解できていないところを埋めていきたい。そう思うのが人間というものではないか。だから――レンは引き下がるわけにはいかなかった。
「そいつはどうかな」
 レンがそう言うと、砂月が眉をぴくりと動かした。
「どういう意味だ。まさか貴様に、那月の孤独を理解できるとでも?」
「努力することはできる。那月がオレの孤独を理解しようとしてくれたように」
 はん、と砂月は吐き捨てて顔をしかめた。
「何も知らないくせに。何が理解できる、だ! 俺の前で大口を叩くな!」
「なら、これから知っていけばいい。那月がオレにそれを知って欲しいと望むなら、オレはいつでも受け入れる。同じ“孤独”なんていう厄介な荷物を抱える者同士、その苦労を分かち合うことはできるんじゃないのか?」
「ふざけるな。那月を軽々しく扱うな!」
「軽々しく扱ってなんかいない。オレは真剣に那月と向き合いたい。そう思ってる」
「信じられるか。那月をぐちゃぐちゃにしたお前が!」
 レンはふっ、と少し悲しそうに笑った。
「そうだ。オレは一度、那月のあの穏やかな世界を自分の手で変えたい。そう思った」
「貴様……」
「でもそれは、もっと那月を知りたい、那月を振り向かせたいという欲から来るものだった。だから、」
 レンはそう言って手を伸ばし、砂月の頬をさらりと撫でた。
「ふ、触れるな……!」
 砂月の手が飛んできて、レンの手はあっさりと振り払われる。けれどレンは怯みもせずに続けた。
「お前が出てきてくれて、オレはむしろ感謝しているよ。那月の心の奥がこんなふうになっていると、知ることができたんだから」
「なんだと……」
 思いがけない言葉に、砂月は怒りを隠さぬままでありながらも戸惑っているように思えた。レンは身体を起こし、砂月に再び触れた。激しく振り払おうと抵抗する砂月の身体を押さえるのは容易ではなかったが、こちらも男だ。同じだけの、否それ以上の力を持って、砂月の身体を逆に押し倒した。
「っ、き、さま……」
「那月。オレはキミが愛おしくて仕方がない。だから――砂月って言ったか、お前も那月の一部ならば、同じように愛したい。これまで以上に、オレはキミのことを大切にすると約束する。那月が苦しいなら、オレもその苦しみを分かち合いたい。お前の孤独も背負いたい。だから――」
 再び頬に手を触れようとすると、砂月が激しく喘いだ。だがそれは、レンの手に抵抗してのものではないようだった。
「な、つき……出てくるな、俺が話を付ける――お前に触れさせない、言っただろう? お前を苦しめるものは、俺が全て取り払ってやると!」
 レンはそれを聞いて、微かに笑った。
「なら、これからはオレがその役目を背負う。それでいいかい?」
「な、んだと……?」
「那月を苦しめるものは、オレが全て取り払う。那月を一生守る。そう誓うなら、那月、キミはそこから出てきてくれるのかな?」
 レンは優しく微笑んだ。途端に砂月の目が大きく見開かれる。
「や、めろ、那月、お前のためだ、出てくるな――ッ!」
 瞬間、雷に打たれたように、那月の身体から力が抜けて、くたり、と崩れ落ちた。レンは慌てて那月の身体から腰を浮かし、隣に寄り添う。
「那月、那月!」
 何度か名を呼ぶと、彼は目を覚ました。とろんとした瞳でレンを見つめ、唇を柔らかく緩める。
「レン、くん……」
「那月、良かった。キミが無事で……」
 頬に手の甲を擦りつけると、那月はふふっ、と笑みをこぼした。
「レンくんの手……温かいです」
「そうかい、そいつは良かった」
 那月はその手を握り、自らに引き寄せる。そのままレンの手に愛おしげに頬ずりをする彼の姿に、レンの心は揺れ動いた。
「――さっちゃんは、敏感なんです。僕の精神が少し弱っただけで、それをすぐ見抜いてしまう」
 そう言って、那月は目を伏せた。
「僕は、レンくんの孤独を受け止めることを、負担だなんて思っていなかった。けれど、心はいつも不安だった。僕に受け止められるのか。僕に、レンくんの孤独を理解できるのかって。そして何より、レンくんがそれを受け入れてくれるのか、って。多分それが、僕の精神に影響を及ぼしたんだと思います。だからさっちゃんは――」
「そうか」
 レンは頷いて、那月の目にかかった髪を横へ流してやった。
「砂月は、キミを守ろうとしていてくれたんだね」
「はい。でも、レンくんを傷付けてしまいました。もう一人の僕が……ごめんなさい」
 那月が潤んだ目でレンを見上げた。ちょっとでも揺らせば、その涙が零れ落ちてしまいそうだった。レンは首を横に振って、優しく告げた。
「そんなふうには思ってないさ。むしろ、さっきも言ったけれど――感謝しているんだ。彼が今まで那月を守ってくれたこと。そして那月が、オレにそれを見せてくれたことを」
 那月の頭を抱きかかえて、レンは慈しむように髪を撫でる。すると腕に、熱いものが伝う感覚があった。
「僕は受け入れてあげたかった。レンくんの孤独を、苦しみを。レンくんがそれで癒されるなら、そうしてあげたかった。それなのに、僕が弱いせいで」
「那月、何を言っているんだ。キミはもう、十分に孤独を抱えて生きてきたんだろう? 人のものまで背負う必要はないんだ。今は――ただ、分かち合えばいい。オレにも見せてくれ、キミの孤独を。キミを知りたい。もっと知りたい。そして愛したい」
 レンの声が、だんだん絞り出すようなものへと変わっていく。那月が驚いたように顔を上げ、レンを見て、すぐに顔を伏せた。レンの胸に顔を埋めて、はい、とはっきり頷く。
「僕も――レンくんをもっと知りたい。愛したい。だってレンくんのことが好きだから……溢れそうな、くらいに」
「オレだってそうだ! キミの唇を初めて奪ったときから、愛おしくてたまらないのに」
 那月の手が、レンの腕に伸ばされる。レンは一層強く那月を抱き締めた。
 レンのターコイズブルーの瞳と、那月の金緑石の瞳が見つめ合う。どちらからともなく、二人は口付けを交わした。熱くてとろけそうなキス。身体の芯が焦げるように熱くなり、全身が浮くように軽くなる。
 名もなき孤独の二つ星だけが、そんな二人を優しく見守っていた。


素敵な漫画読んで滾った勢いで書きました楽しかった!達成感!この二人の孤独を埋め合う関係がすごく…好きです…(2011.9.21)