真斗様が京都のご出身と聞いて。京都弁を話す真斗様を書きたかったのですがなんだか別人のように。この設定もっと生きたらいいのにな〜(2011.7.28)
「そういやお前、いつからそんな喋り方になったんだ?」
レンの言葉に反応して、洗濯物をタンスにしまいこんでいた真斗の手が止まる。首だけ振り返ると、レンはいつものようにダブルベッドに寝そべったまま、微かに笑いを浮かべていた。意味ありげなその笑みが、癪に障る。
「そんな、とは、どういう意味だ」
「おいおい白々しいな、そのままの意味だよ。お前、生まれは確か京都の方じゃなかったか」
レンの言わんとすることを理解し、真斗は静かに溜息をついた。
「郷に入っては郷に従え、と言うだろう。アイドルになるために、訛りは徹底的に直してきた」
「へえ。そりゃ結構な努力で……と言いたいとこだが、勿体ないんじゃないか。最近は方言も、タレントの個性の一つになってるだろ」
「俺のイメージにはそぐわんだろう」
「そうかい? そうでもないと思うがね。今からでも直しちゃどうだい?」
「余計なお世話だ」
ダーツを指で弄りながらにやにやと笑うレンをきっと睨んだ後、真斗は背を向けて再び畳んだ洗濯物をしまい始めた。
レンのダーツが的を貫く鋭い音が聞こえる以外は、本当に静かなものだった。いつもこうであれば良いのだが、と真斗はそっと溜息を吐く。
実家にいた頃は当然一人部屋が与えられていたから、自分だけの時間を持つことなどいくらでもできたが、全寮制の早乙女学園ではそうもいかない。どうしても一人部屋がいい、などと駄々をこねるほど子供ではないつもりだったが、寮の同室者が自分と同じ静寂を好む人間であれば良いな、とぼんやり思っていた。だがその思いとは裏腹に、同室者発表で掲示されていたレンの名を見た時、真斗は思わず脱力したことを覚えている。
部屋にいるだけなら静かにしていてくれるのだが、時折こうして、自分に話し掛けてくることがある。ただ話し掛けてくるだけならいいのだが、その内容がやたらと真斗のライバル心を刺激するものであったり、苛立ちを煽るものであったりと、心穏やかでいられたためしがないので、レンと会話をかわすのはあまり好きではなかった。
先程もそうだった。方言は、ある種真斗のコンプレックスでもあった。生まれ故郷の言葉が嫌いというわけでは決してないのだが、こういった場所で話すと浮いてしまうのは間違いない。だからこそ、この学園に入る前、音楽の勉強をする傍らで訛りを直せるよう密かに努力してきたのだ。その甲斐あって、学園で知り合った生徒に出身地を言うと、必ずといっていいほど意外だ、と驚かれる。そのおかげで今までコンプレックスを意識せずに済んでいたのだが、幼なじみの男の前となると、ごまかしもきかなかった。
この男だけは学園で唯一、京都の言葉を話す自分を知っている。そう思うだけで、真斗の劣等感がちくちくと刺激された。まさかとは思うが、そんな話をあちこちでされてしまったら――そう考えると、思わず身震いした。
洗濯物を全てしまい終わった後、一段上のタンスから部屋着の浴衣と下着一式を取り出し、真斗は浴室へ向かおうとした。
扉を開けようと手を伸ばしたその時、目の前に影ができた。顔を上げると、先程と変わらない表情のレンがそこに立っていた。
「何のつもりだ」
低い声で尋ねると、レンは口角をくい、と上げた。
「なあ、オレの前だけならいいだろ。普段から喋れよ、京都弁」
「何故だ。そんな必要、どこにもなかろう」
「いいじゃないか。部屋の中なら誰にも聞かれないし、オレは最初からお前が喋るって知ってるんだから」
「嫌だ」
頑なに拒むと、レンはつれないな、と苦笑した。
「ま、いいけどな。それもいつまで言ってられるか……なんて」
レンはそう言って、意味ありげに笑む。真斗は嫌な予感がして、思わず僅かに身体を引いた。レンはぽん、と肩を叩いて、去り際に言葉を残す。
「待ってるぜ、後で」
真斗の身体がびくん、と震えた。定位置に戻っていくレンの背を見つめ、唇を噛む。悔しい気持ちでいっぱいになりながら、そこから逃れられないでいる自分を認めずにはいられないのだった。
「……っ、く……」
唇を噛んで、洩れ出る声を必死に堰き止める。頑なに閉じられたその封印を解くかのように、レンの唇が、舌が真斗の口腔を侵食した。歯列をなぞり、舌を絡められる。怯えたように引っ込めると、レンはそれ以上執拗に追ってこない。真斗がまだこうしたキスの仕方に慣れていないことを、この男は知っている。
下半身で蠢く手に、背がぞくぞくと震えた。レンの笑みが見える。真斗は咄嗟に視線を逸らしてしまったが、洩れ出る声を一瞬留めることができなかった。
「ぁあ……っ、……そこは」
「もうイきそうなんじゃないか、聖川?」
意地悪く耳許に唇を寄せられて、真斗はぞくぞくと身体を震わせながらレンを睨み付ける。レンの手を振り払おうと伸ばされた手は、虚しく宙を舞った。正確に彼の手に痛打を与えてやれるほどの理性は、ほとんど残されていなかった。
「どうして欲しい? ちゃんと言ったら、言う通りにしてやるよ」
「き、さま……」
レンの背に回した指先に力を込め、爪を立ててやる。痛っ、という声が聞こえて、少しだけすかっとしたものの、レンにとっては全く痛手になっていないようだ。
「可愛く抵抗したって無駄だぜ? 言わなきゃ、ずっとこのままだからな」
そう言って、レンは再び手の動きを再開する。真斗の背に電流のように快感が走った。急激な射精感に襲われて、真斗は首を何度も振った。耐えられない。こんなのは。でもこのままは嫌だ。でも口に出すのはもっと嫌だ――
「どうしたんだよ、口で言わなきゃ分かんないだろ?」
「っ、く……貴様っ」
最後の力で抵抗を見せ、レンを睨み付けたその時だった。
不意に、レンの手に力が加えられた。電撃が全身を貫いたようになって、真斗は一瞬我を失った。
「まっ――やめって……言うてるやろ!」
我に返ったとき、レンが実に満足げな表情をしているのが目に入った。自分がその一瞬、何を口走ったのか分からなかった。レンは笑みを更に深めながら、再び耳許に唇を寄せてくる。
「ちゃんと言えるじゃないか。さっきの、もう一回言ってくれよ。結構効いたぜ」
「さっきのって、何を……」
「おいおい、この期に及んでとぼけるなよ。『やめって言うてるやろ!』って叫んでたぜ、お前」
真斗の全身に、先程とは違う意味で衝撃が走る。血が滲むほどに唇を噛み締めた。絶対に言わないようにしていたのに。まさかこんなところで――
「いいだろ? 二人でいる時くらい。オレはお前のその言葉、聞いてたいんだよ」
「絶対に……絶対に嫌だ」
「おいおい、あんまり冷たいこと言うなよ。もうオレもそろそろ限界なんだよ、……な?」
「……知ったことか」
「素直じゃないな、相変わらず。お前ももう限界だろ? だったら、」
言葉を途切れさせたかと思うと、ふっ、と熱い息を吹きかけられて、真斗の身体はびくんと震えた。確かに限界は近い。先程絶頂に達していてもおかしくなかった――真斗の身体は、ひたすらに今、一つのものを求め続けている。
ごくり、と唾を呑んだ。その行動に至るまで、相当な覚悟が必要だった。たった一言口にするだけでも、大変な勇気が要るのだ。
「神宮寺、……お前が、」
「オレが、何だ?」
「――お前が、欲しい」
イントネーションは、完全に故郷にいた頃に戻ってしまっていた。レンはますます満足そうな表情をすると、小さく笑い声を洩らした。
「いいか、いくぜ」
レンの声で、急激に襲い来る下腹部の圧迫感。
「っあ……」
この感覚は、いつまで経ってもなかなか慣れるものではなかった。明らかに異物が侵入している感覚。そもそも身体がそんな異物を受け入れるふうにできていないのだから当然だ。それでも、こうしていられるのが、真斗にとっては幸せなことだった。決して表向きに認めることはなかったが、レンの首に腕を回し、レンを受け入れていられるこの時間が、真斗にとってとても待ち遠しいものなのだった。
レンがゆっくりと蠢く気配がする。その度に感帯を刺激されて、真斗はがくがくと腰を震わせる。
「っ、レ、レン……あかん、もう……」
「オレも結構限界近いぜ――、お前がその言葉で喋ってくれるおかげで、余計にな」
「ッ! 言うなって、言うてるやろ……もう、ッあ――!」
奥まで突き上げられて、真斗の身体が一段と大きく跳ね上がる。レンの方をそっと見ると、レンも余裕のない表情で、荒く息を吐いていた。
「真斗……っ、オレもう、イキそう……だ」
「あ、ぁっ……レン、くっ――!」
ベッドに押し倒され、激しく腰を打ち付けられて、真斗は絶頂に達した。自身の精を放つ感覚と、下腹部に流し込まれる熱い液体の存在を感じながら、真斗は肩を激しく上下させていた。
終わった後はいつも、心の中で喪失感と満足感が同居する。真斗はシャワーを浴びた後、静かに目を伏せたまま、浴衣に着替えていた。
レンの前で、また素の自分をさらけ出してしまったこと――この感覚は、いつまで経っても慣れるようなものではない。そもそも、神宮寺レンという男と肌を擦り合わせる感覚すら、未だ慣れる気配を見せないのだ。元を辿れば、この男とそういう関係になったことでさえも、未だに居心地の悪さが残っているというのに。
レンは全裸のまま、ダブルベッドに寝そべっていた。真斗が上がってきたことに気付いてこちらを向く。その表情には、いつもの余裕が戻ってきていた。
すっ、と視線を逸らして、真斗はベッドに腰掛ける。すぐさまレンが身体を起こし、背後から首を伸ばして、頬に唇を寄せてきた。
「なあ、聖川」
「何だ」
「あの話し方、普段からもオレの前でしてくれよ」
真斗は視線だけレンの方を向いて、睨む。
「断る」
「おいおい、つれないこと言うなよ。今更だろ?」
「嫌だ、と言っている。それにお前の前で話して、せっかく直した癖が戻ったらどうする」
「いいじゃないか。オレはお前の今の話し方より、前の方が好きだぜ?」
「お前の好みなど誰も訊いていない」
軽くあしらって、少しばかり優位に立った――と錯覚したもつかの間、強い力で引き寄せられて、真斗は驚いて声を上げてしまう。
「何をする!」
「昔から素直じゃないし、頑固だよな、お前。ま、そういうとこが苛つくし、可愛いんだけど、さ」
レンの吐息が耳朶に当たる。むずむずとしたくすぐったさを覚えて、真斗はどうしようもなく逃げ出したくなってしまう。
「な……なんだそれは。どっちつかずだな、男ならはっきりしろ」
「へえ? じゃあお前は可愛い、って言った方が嬉しいのか?」
「ち……違う、そうではない……変な解釈をするな!」
声を荒げてはみるものの、相変わらずレンの束縛からは逃れられないままだ。否、本当は逃げる気なんてこれっぽっちもないのだ。ただ、レンの腕の中で抗っていたいだけ。レンの近くにいながら、自分の矜持を守っていたいだけなのだ。矜持、と仰々しく言ってはみても、それはちっぽけな、他人から見ても自分から見てもくだらないプライドに過ぎないのだけれど。
一旦抗うのを止めて、素直にレンに身体を委ねる。レンはそれを悟ってか、後ろから真斗をきつく抱き締めてくれた。幸せのような悔しいような感情を噛み締めながら、少しならば許してやってもいいだろうか、なんて、激しく拒絶したはずのことを真剣に考える真斗なのだった。
真斗様が京都のご出身と聞いて。京都弁を話す真斗様を書きたかったのですがなんだか別人のように。この設定もっと生きたらいいのにな〜(2011.7.28)