真斗お兄さまへ

 お兄さま、お元気ですか。
 お兄さまたちがイタリアに出張されてから、わたしはとても寂しいです。電話で声は聴けるけれど、やっぱり直接お会いしてお話ししたいもの。
 そちらの様子はどうですか。お兄さまはあまりイタリア語は得意ではないと不安そうにおっしゃっていたけれど、レンお兄さまがいるならきっと安心よね。


 真衣のお誕生日、覚えていてくれてありがとう。プレゼント、とっても嬉しかった。このピンクパールのイヤリング、前からずっと欲しいと思っていたの。お兄さまはいつも、わたしの欲しいものをくださるのね。本当に大好き。
 レンお兄さまからのプレゼントも一緒に受け取りました。優しいバラの香りのする香水、とっても気に入りました。一度付けてみたいと思っていたから、すごく嬉しかった。レンお兄さまも大好きですって、お礼を言っておいてください。
 本当は電話でも良かったのだけれど、言いたいことがたくさんあって、電話だとこんがらがって上手く話せない気がしたから、手紙にしました。
 わたしは今日で16歳になりました。この歳が何の歳か、わかりますか? そう、わたしはやっと、結婚できる歳になったの。嬉しくて嬉しくて、どうしてもお兄さまにそれを伝えずにはいられませんでした。だってこれで、お兄さまはやっと心の底から安心することができるはずだから。


 わたしがレンお兄さまに初めて出会ったのは、お兄さまがまだ早乙女学園に通われていた頃でした。あの時わたしはどうしてもお兄さまに会いたくて、一人で早乙女学園に行った。でも学園内で迷ってしまって、泣きじゃくっていたら、レンお兄さまが声を掛けてくださったの。
 「大丈夫かい、リトルレディ?」って。とっても優しい声だった。わたしは泣くのをやめて、レンお兄さまを見上げたわ。優しく包んでくれるような瞳に安心して、わたしは頷いたの。
 「迷子になったのかな。名前はなんて言うんだい?」そう聞かれて、聖川真衣、と答えたときの、レンお兄さまの顔はとても印象的だった。「あの聖川の……」そう言ったきり、レンお兄さまは黙ってしまわれて。わたしは不安で、また泣きそうになって、瞳を潤ませていたら、レンお兄さまがよしよしと言って、わたしを抱き上げてくださったの。
 「リトルレディ、可愛い君に涙は似合わない。泣き止んで、笑ってごらん」その言葉がとても温かくて、わたしは嬉しくなったのを覚えています。
 それからレンお兄さまに、学園内を案内してもらったの。早乙女学園はとっても楽しいところで、こんなところにいられるお兄さまがうらやましかった。あの時はお兄さまの苦労なんて知らなくて、ただただ、楽しそうな施設がたくさん揃った、とっても素敵な場所にしか見えなかった。
 そうしてしばらく二人で歩いていたら、偶然、お兄さまが廊下の向こうから歩いてきて……お兄さまはわたしを見た瞬間、血相を変えて、レンお兄さまに詰め寄って。
 「神宮寺、貴様、妹に何をしていた!」あの時のお兄さまの声がとてもとても怖くて、わたしは泣き出してしまいました。そうしたらレンお兄さまがわたしを抱き上げて、よしよし、と背を撫でてくださったの。
「自分の妹を泣かせてどうする。相変わらず女性の扱いが下手だねえ、聖川」からかうような声で言ったら、お兄さまがとても怖い顔をなさったのを覚えているわ。あの時のお兄さまは、まるで別人みたいだった。いつもの優しいお兄さまがどこかへ行ってしまったみたいで、怖かった。
 「真衣、何故こんなところに」と聞かれて、わたしは素直に「お兄ちゃまに会いたかった」と言ったら、お兄さまは困った顔をされたけれど……少しなら、って、遊園地に連れて行ってくれましたね。覚えていますか?
 あの時、わたしはレンお兄さまの手を引っ張って、レンお兄さまも一緒じゃなきゃいやだ、って駄々をこねました。真斗お兄さまがレンお兄さまの前で態度がおかしくなることには気付いていたけれど、その頃はもう、わたしはレンお兄さまのことがとっても好きになっていたから。
 二人とも困った顔をしていたけれど、最後はわたしが真ん中に立って、二人と手を繋ぎながら園内を歩いたことを覚えています。真斗お兄さまとレンお兄さまと一緒に遊ぶのがとても楽しくて、わたしは時間を忘れていました。後でお父さまに怒られるかもしれないという、恐怖さえも。


 あの後、お兄さまがレンお兄さまと一緒にアイドルデビューして、わたしはとても嬉しかった。テレビに出ているあの人がわたしのお兄ちゃまなのよって、クラスのみんなに自慢できるのが嬉しかった。テレビの中の真斗お兄さまとレンお兄さまはいつもキラキラと輝いていて、わたしは見るたびにうっとりしていました。
 わたしはまたこっそり家を抜け出して、お兄さまたちの住んでいた寮に行ったの、覚えている? 聖川真斗、って、確かに表札にはそう書いてあったのに、部屋の中に入ったら、いたのはレンお兄さまだった。
 「やあ、リトルレディ。久しぶりだね。元気にしていた?」レンお兄さまは最初会った時と同じ笑顔だったけれど、どこか焦っているように見えたの。
 わたしは思ったまま、「どうしてレンお兄ちゃまが真斗お兄ちゃまのお部屋にいるの?」って聞いたわ。そうしたら、レンお兄さまの目が泳いだの。レンお兄さまは「さあ、たまに、気まぐれでね」って言葉を濁したけれど、わたしはその時、なんだか変だなって思ったの。
 それから少ししたらお兄さまが帰ってきて、わたしを見てびっくりしていたわ。でもわたしを少し叱っただけで、すぐに台所に立った。何が始まるのかしらと思って、レンお兄さまとソファに座りながらお兄さまの後ろ姿をじっと見ていたら、お兄さまはエプロン姿になって、お料理をし始めて……すぐにいい匂いが漂ってきて、うわあ、とわたしが目を輝かせたら、レンお兄さまが「真斗の料理はどれもこれも甘すぎる」って言ったの。
 すぐ後に、お兄さまが動きを止めて、「……うるさい」って言うのが聞こえた。それはどう聞いても、嫌がっているようにしか思えなかった。お兄さまが怒ってしまったのだと思って、わたしはちょっぴりはらはらしたの。
 けれど、その後にレンお兄さまが笑って、「でも、美味いことは確かだ」って言った。その後で、お兄さま、なんと言ったか覚えている?
 お兄さまはさっきと同じように、「……うるさい」って言ったわ。でも、その言葉の響きが、前とは違うなって、わたしはすぐに気付いた。拒絶じゃなくて、まるで照れ隠しのような……お兄さまの頬がほんのり赤くなっていることに、わたしは気付いたの。どうしたのかなと思って、「お兄ちゃま」、って声を掛けたとき、お兄さまが一瞬うろたえたようにしていたのが、今でも忘れられない。
 その時、何か違うなって、ぼんやりとだけど、思ったの。真斗お兄さまとレンお兄さまはお友達だと思っていたけれど、そうではないような気がしたの。ほんとうに、なんとなく、だったけれど。


 でも、その予感は当たってた。お兄さまたちが愛し合っていたんだって分かったのは、また家を抜け出してお兄さまの寮のお部屋に行ったときのことだった。部屋に入ろうとして、扉の隙間から中を覗き込んだら、お兄さまたちがキスをしていて……わたしは、入っちゃいけないって、とっさに思って、何もせずに帰ったの。きっと、お兄さまたちは気付いていなかったわよね。ごめんなさい。でも、見てしまったの。
 その時は、何が何だか分からなかった。男同士でキスをすることの意味が分からなかったの。キスのことは、もちろん知っていた。好き合っている人同士がするものだ、っていうのは知っていたけれど、じゃあどうして、真斗お兄さまとレンお兄さまがしているのか……その答えが、わたしの中でなかなか出なかったの。
 たまに家に帰ってきて、レンお兄さまのことを話す真斗お兄さまは、口調こそ厳しかったけれど、とても楽しそうだった。お兄さま、気付いていた? 一言目には、神宮寺が、レンが、って、あの時のお兄さまったら、レンお兄さまのお話しかしていなかったのよ。
 ああ、お兄さまはレンお兄さまのことが好きなんだって、その時気付いたの。好きじゃなきゃ、あんなふうに話したりできないって。でもきっと、それを聞いたところで、お兄さまはきっとそんなことはないって否定するだろうから、わたしは聞かなかったの。ずっと、心の中にしまっていた。


 お兄さまが二十歳になって、お父さまはお兄さまに婚約者と会うように言った。あの時のお兄さまの渋る顔が、今でも目に焼き付いているわ。
 どうして、お兄さまは婚約者のひとと結婚しなくちゃならないの。わたしはお父さまにそう聞いたわ。お父さまは、「真斗は財閥の当主となって妻を娶り、次期当主となる跡取りを作る必要がある」っておっしゃった。でも、その時は言葉の意味がよくわからなくて……わたしはレンお兄さまに聞きに行ったの。
 レンお兄さまはわたしの話を聞いて、とても悲しそうな顔をしていたわ。リトルレディ、って言いながらいつものように私の髪を撫でてくれるレンお兄さまは、一生懸命笑おうとしていたけれど、とても悲しんでるって、わたしにはわかった。
「真斗は女性と結婚しなくちゃならないんだよ、リトルレディ。男と女じゃなきゃ、子どもは産めないだろう?」
 でも、とわたしは思った。恋物語の中に出てくる男の人と女の人は、みんな幸せそうに笑い合っていた。嬉しそうに抱き締め合って、キスをして、愛し合うからこそ子どもが生まれるんだと、わたしは信じていた。でも、お兄さまは相手の女の人を好きなわけじゃない。だってお兄さまが本当に好きなのは、レンお兄さまなんだもの。
 それなのに、子供を産むためだけに結婚しなくちゃいけないなんて、きっとおかしい。そう思ったから。
「レンお兄ちゃまは、真斗お兄ちゃまのこと、好きじゃないの?」
 そう聞いたら、レンお兄さまは驚いたように目を丸くして、それから笑った。
「オレが? 真斗を? ハハ、リトルレディ、どうしてそう思ったのかな?」
「だって真斗お兄ちゃまは、レンお兄ちゃまのことを愛しているもの!」
 わたしはレンお兄さまに、二人がキスしているところを見た、って言ったわ。そうしたらレンお兄さまはやれやれ、って肩をすくめて、わたしの唇の前に人差し指を立てたの。
「リトルレディ。このことは、オレたち以外の誰にも言わないと、約束してくれるね」
 どうして、ってわたしは言った。二人はこんなにも愛し合っているのに。言わなきゃ、真斗お兄さまが無理矢理結婚させられちゃう。けれど、レンお兄さまは怖い顔をして首を振った。
「どうしても、だ。言えば、真斗の立場が悪くなる。リトルレディの大好きなお兄ちゃまが、傷つくことになるんだよ」
 その言葉にはっとして、わたしは口をつぐんだ。その時はまだ、ちゃんとした理由はわからなかったけれど……とにかく言ってはならないことなんだってことだけは、理解できたわ。
 だから、わたしはレンお兄さまの約束を守った。二人の秘密を誰にも言わないように心の中にしまいこんで、今まで通り過ごすことにしたの。
 でも、そのまま見過ごすのは耐えられなかった。お兄さまたちには、絶対に幸せになって欲しいと思っていたから。


 わたしはその次の日、学校の先生に聞いたの。わたしはいつになったら結婚できるの、って。女の人は16歳になれば結婚できると法律で決められているのよ、って、先生は話してくださった。
 だからわたしは家に帰って、お父さまに言ったの。お兄ちゃまの結婚は、真衣が16歳になるまで待ってくださいって。お父さまは驚いていた。何故そんなことを言う。待っていては遅くなってしまう。お父さまはとても怖い顔でそうおっしゃったけど、わたしも引かなかった。引けなかった。だって、大好きな真斗お兄さまとレンお兄さまが悲しむ顔を見たくなかったから。
 お兄さまも、あの時はとても不思議そうな顔をしていたわよね。何故お前が16歳になるまで待たねばならんのだ、って。でも、わたしは理由を言わなかった。お兄さまをもっともっと喜ばせたかったの。だから耐えた。言いたかったけれど、心の奥にしまって、絶対に口にしなかった。
 でも、16歳の誕生日を迎えた今、秘密にしておく理由は何もありません。
 真斗お兄さま。お兄さまはレンお兄さまと幸せになってください。本当に大好きな人と、本当に愛する人と幸せになってください。
 心配はいりません。真衣が結婚して子どもを産めば、その子どもが男の子だったら、その子を次の跡取りにすればいいから。ねっ、簡単でしょう。
 わたしはずっと、お兄さまたちに守られてきました。とても大切にされてきました。感謝しています。大好きです。だから、わたしは恩返しがしたい。わたしがお兄さまたちにできるのは、きっと、これくらいしかないから。
 お兄さまは一度、お父さまの言うことに従わなかった。したいことをするために、お父さまを説得した。一度は結果を出して、お父さまを認めさせた。けれど、お兄さまの重荷は取り払われないままです。お兄さまは嫡男だから、いずれは聖川財閥を継がなくてはならない。継ぐとなれば、跡取りは絶対に必要になる。けれど、これ以上望まない道を歩んで、苦しむお兄さまの姿は見たくありません。
 真衣は辛くないから、心配しないで。結婚って、女の子の憧れなの。お兄さまは男だから、わからないかな。わたしは今、とてもわくわくしています。相手が誰であろうと、どんなに辛いことがあろうと、きっと、お兄さまたちが幸せにしていると分かったら、耐えられるはずだから。
 お兄さまたちの幸せが、真衣の幸せです。だから、どうか幸せになって。真斗お兄さまとレンお兄さまは、これまで何度も辛い思いをしてきたから。だからこそ、絶対に幸せにならなきゃいけない人だと、心の底から思っています。



お兄さまたちの永遠の幸せを願って



聖川 真衣



P.S.
 レンお兄さま、わたしはもう、リトルレディじゃありません。結婚できる歳になったから、立派なレディだって認めてください。ね。


16歳真衣ちゃん完全捏造。しかもとても都合の良い未来です。でも真衣ちゃんが二人の関係を知っててこういう道を選ぶかもしれない、という可能性はあってもいいかな、と思っています(2011.9.12)