初書きレンマサ。セフレ設定のレンマサ妄想に萌え滾った結果がこれ(2011.7.25)
ぱたり、と扉の閉まる音が聞こえる。部屋の張り詰めた空気の中で、鍵の閉まる金属音がやけに大きく響いた。
風呂から上がったばかりの身体は、まだ熱を持て余していた。身体の芯がじん、と疼くのを感じながら、真斗が俯いたままベッドに腰掛けていると、やがて大きな影ができた。顔を上げると、そこには微かに笑う同室者の顔。
顎に指を添えられ、く、と上向けられる。視界が暗くなり、薄い皮膚の絡まる音がした。体重を掛けられて、ゆっくりとベッドの上へと押し倒される。口付けを終えた後、一度離れた彼の顔を見ていられなくて、真斗は顔をしかめながら左に首を傾けた。
苦笑の声が、上から降ってくる。
「おいおい、そんな顔しなくてもいいだろう」
レンはそう言いながら、真斗の着物の帯を丁寧に解いていく。決して乱暴に暴いたりしないのが、あまり認めたくない話ではあるけれど、この男の育ちの良さを感じさせる。突き上げるような強い感情を抱きながら、真斗は相変わらず首を左に傾けたまま、レンの手を軽く振り払った。
「……やめろ」
レンの手が一瞬止まった後、何事もなかったかのように、動きは再開される。
「すぐ終わるだろ、大人しくしとけ」
冷えた言葉の応酬。それすら、いつものやりとりの範疇だった。それを分かっていて、真斗はわざと、抵抗するふりをする。それに対して、レンも決まり切った言葉を返す。
すぐ、終わる――その言葉が嘘に塗り固められていることを、真斗は知っている。いっそ終わらなければいいと願い始めたのは、一体いつからだったろうか――
そもそも、この関係が始まったのは、学園に入学して一ヶ月ほど経った時のことだった。
外で散策していた真斗は、急な雨に降られ、ずぶ濡れになって寮に帰ってきた。同室のレンは部屋で雑誌を読みながら過ごしていたが、真斗が帰ってくると、僅かに視線を上げて、驚いたように目を見開いた。真斗はその視線を鬱陶しく思いながらやり過ごし、タオルを探し始めた。
「確かここに……」
着替えなどを入れているタンスを開けようとした時、上からばさり、と何かが降ってきた。驚いて顔を上げると、部屋の照明を遮るようにして、背後にレンが立っていることに気付いた。頭に被せられたものが、おそらくレンが放ったバスタオルだ、ということも。
「さっさと拭けよ、風邪引くぞ」
ぶっきらぼうな言葉に、真斗の対抗心が刺激される。礼を言わなければ、と思ったのはほんの一瞬で、そんな感情は跡形もなくどこかへ吹き飛んでしまった。
「……言われなくても」
冷えた声で答え、バスタオルで髪の水分を拭き取り始める。
その間、レンはじろじろと真斗の方を見つめていた。視線がクモの糸のように、粘っこく身体に絡みつくような感覚さえした。
やがて鬱陶しく思った真斗が、
「何を見ているんだ」
声を張り上げると、レンは思いがけない行動に出た。
一瞬、何が起こったか分からなかった。レンの頭に遮られていたはずの照明が一瞬顔を出し、あまりの眩しさに目を細めた途端、世界は反転した。畳を擦るじり、という音が耳につく。腕を上げようとして、その腕を何かに押さえられていることに気付いた。
「何をッ――」
レンの視線が、じっと真斗を見下ろしていた。真斗は圧力に抗おうと必死に手を動かすが、レンの力は思った以上に強かった。
「は、なせ」
レンは何も答えずに、真斗のネクタイに指を掛けた。するりとほどけたそれを遠くへ放って、濡れて張り付いた真斗の白いシャツへと手を伸ばす。
「何をする!」
激しく抗うと、レンはようやく口を開いた。
「……溜まってるんだよ」
「な、に……」
真斗は目を見開く。言葉の意味に薄々感付きながら、しかしそれを認めたくなかった。
「お前も男なら分かるだろ? 恋愛禁止令なんて出されちまって、こっちとしては処理する方法がないんでね――お前も想像したくないだろ? オレが一人で虚しくしてるトコ、なんて」
レンの唇が僅かに広がって、笑みの形に歪む。予感は的中していた――真斗は唇を噛んで、鋭くレンを睨み付けた。
「お前、気でも狂ったのか。俺は男だぞ!」
「知ってるさ。オレの愛するレディが、こんなかわいげのない顔してるはずないしねぇ」
レンが微かに笑いながら手を伸ばし、真斗の頬を掴む。
「お前なら問題ないだろうと思って。ちょっと付き合ってくれるだろ、真斗くん?」
「ふざけるな、よせ!」
力一杯に抵抗しているはずなのに、レンは全く気にしているふうではない。暴れた右腕を強い力で畳に戻し、抵抗の言葉を吐く唇を、自分のそれで押さえつけた。
一瞬の後、真斗の目が大きく見開かれる。腕の強い力に対して、押しつけられた唇の感触が、あまりにも優しかったから。
「ん、んんッ――!」
レンの唾液が絡みつく。その感触が不思議と嫌ではない――と思ったのは、強く記憶に残っている。離れた後、拭いたいという気持ちよりも先に、寂しい、と感じたことも。昔からの因縁もあるし、今はこの早乙女学園で、同じアイドルを目指す者としてライバルと認識していた相手のはずなのに、自分の身体は一切の抵抗を示さなかったのだ。
濡れたシャツのボタンを外され、皮膚が外気にさらされる。レンの指が真斗の頬をなぞり、首をなぞり、胸へと到達する。
「……お前が」
レンの地を這うような低い声が、耳に流れ込んでくる。
「そんな格好、してるせいだ」
一体どういう意味だ――そう尋ねる間もなく、真斗の身体はレンに侵食されてしまった。
セックスフレンド――不安定なこの関係に、名を与えてくれたのはレンだった。真斗はその言葉の響きに背徳的なものを感じ、初めは激しく抵抗した。だが、結局の所、それ以外に良い呼称など思いつかなかった。
何より、この呼称はとても気を楽にさせてくれるものだと言うことを、レンは教えてくれた。身体を交え、欲求を解放し満たし合うだけの関係。その間に愛などといったものは存在しない。一歳年上のこの男を幼少期より意識し、周りから比べられることによって対抗心を燃やしてきた真斗にとって、こんな関係に陥ったことへの戸惑いを消してしまえるこの呼称は、とても都合の良いものだった。それはレンにとっても、きっと同じだったのだろう。
胸にわだかまる感情の正体を深く考えずに済むのは幸いだった。時を選ばずに疼き始める何かを抑え、奴はセックスフレンドだから、と言うだけで、たちまち発作は治まってしまう。まさに魔法の言葉だった。それでも、発作は日に何度か続いた。ひどい時には、魔法の言葉が効かない時さえあった。それが日に日に、レンと身体を重ねる度に酷くなっていっていることに、真斗は気付いていなかった。
最初は互いに精を放つだけの、まさに“処理する”だけの関係だった。それなのに、真斗が胸の疼きを酷くするのと比例して、レンの行為は徐々に長くなっていった。一度だけレンを受け入れたこともある。もう二度とあんなことはしたくない、とその時はきつく思ったのに、一日経つと、レンがそこにいないことに、寂しさすら感じるようになってしまった。
すぐ終わらなければいいのに。そう願い始めたのも、きっと同時期だったのだろう。真斗は最後の理性で抵抗する素振りを見せながら、心では全くレンを拒絶していないことに薄々感付いていた。今日もそうだった。だから、一度彼の前で肌を曝してしまったら、もう強く抵抗することはない。
「んッ、……ん……」
重ねた唇が切なさを呼び起こす。もっと長く繋がっていたい。心がそう訴える。しかしそれを口に出すことはできなかった。最後に残った真斗の矜持が、それだけはならぬと強く拒絶したからだ。
レンの指が頬をなぞり、首から胸へと下りていく。やがて下半身に到達した時、真斗はびくり、と身体を震わせた。
「神宮寺、……そこは」
「なんだ聖川、もう準備万端、じゃないか」
真斗の顔がかあっと赤くなる。否定できないことは、真斗が一番よく知っていた。レンはおかしそうに喉の奥でくつくつと笑った後、やわりと握って、ゆっくりと扱き始めた。
「――ぁっ、あ、やめ……じんぐう、じ」
「なんだよ。気持ち良くなりたかったんだろ? ほら」
「うぁあっ……よせ、そんなに……ッ、く……」
レンの握る手に力が込められる。より強い刺激が、真斗の背に電撃のように走り抜けた。射精感が強くなり、真斗は噛んだ唇に力を込めた。その表情を見て、レンの唇が横に広がる。
「我慢しなくてもいいんだぜ? そのためにしてんだからな」
「ッ、神宮寺、お前……」
いやだ。声なき声を振り絞り、真斗はいやいやと首を横に振っていた。込み上げる射精感と必死に闘っているのは、一人で達したくない、という真斗の切実な思いからだった。一度達してしまえば、脱力して、しばらく気力が失せてしまう。そうなる前に、レンと繋がりたかった。そう望むようになってしまったのだ。
レンを無言でじっと見つめていると、レンはやがて笑みを消した。ふう、と溜息をついて、真斗の顔を睨み付けるようにして覗き込んでくる。
「お前、なんでそんな顔するんだよ。早く終わりたいんだろ、だったら」
真斗は何も答えなかった。答えられなかった。胸の内に秘めた願望を吐露することは、今の自分にはできなかったから。
「なあ、答えろよ。なんでオレのこと、――そんな切ない目で見るんだ」
その時、一瞬だが――レンの表情が陰った気がした。
「オレたちはセフレだろ。それだけの関係だったはずだろ」
「……今更、なにを」
「じゃあそんな目で見るな! オレにどうしろって言うんだ」
あの、自分に対してさえ普段から物腰柔らかなレンが、急に声を荒げた。何故急にそんなことを言い出すのか、真斗にはまるで分からなかった。快感に喘ぐ真斗に挑発するような言葉を投げ、羞恥をかき立てながら、常に余裕の笑みを浮かべながら行為に及んでいたレンが、何故この日に限って急変したのか。今までならば、真斗がどんな顔をしようがお構いなしに、レンは好き勝手に行為を進めていたはずだ。それなのに、何故――
「セフレだろ、オレたちは」
レンの眉間にぐっ、と皺が寄る。まるで自分に言い聞かせているようだ、と真斗は思った。
「オレはお前のことなんて――」
言葉が止まった。予想できていたはずの言葉なのに、何故か傷ついている自分に気付いた。
その傷をさらけ出したくなくて、
「……俺も、お前のことなんて何とも思ってない」
咄嗟に、嘘を吐いた。
それですっきりするはずだったのに、何故か毒を一気に飲み込んだような気分になった。血液に乗ってぐるぐると全身を回り、細胞を腐敗させる。喉の渇きを覚えた。何より傷を深めたのは、目の前にいる男が、僅かに傷ついた表情を見せたせいだった。
「神宮寺……お前」
「ふっ……安心したよ、お前がそう言ってくれて」
その顔は確かに笑っているはずなのに、笑えていない。
「神宮寺、何故そんな顔をする」
そう問うと、レンは驚いたように目を見開いた。
「は……? オレが、なんだって?」
「何故そんな顔をするのか、と訊いている。お前の方こそ、俺のことなど……何とも思ってないはずだろう。それなのに」
そう口にすることさえ苦しかった。のたうち回りたくなった。それで肯定が返ってきたら、自分は一体どうするつもりなのだ。そう、自身に問いたくなるほどに。
レンは何故か、苦悶の表情を浮かべた。まるで何かに堪えているような――そんな表情で、真斗を見据える。
「オレは……、ッ」
突然、レンが覆い被さってきた。急に口付けを落とされて、真斗は受け止めきれずに、歯がかち合った。それでも、レンは執拗に唇を絡めてきた。皮膚を重ねるだけでは飽きたらず、唾液を絡め、舌を挿入し、何度も何度も、接触を求めた。
「ぅ、んっ、じんぐ……ッん……」
「真斗、ッ」
ぞくん、と背に衝撃が走った。聞き間違いでなければ、今、確かに名を――
「オレはな、……お前が好きになっちまったんだよ」
離れた唇から洩れ出た言葉に、真斗はこれ以上ないくらい驚いて目を見開いた。視界にあるレンの顔が歪む。耳に残る残響が確かにその言葉を伝えているはずなのに、それでもなお、信じられなかった。
「お前、今、なんて」
「はっ。オレに何度も言わせるなんて、聖川家の坊ちゃまはさすが意地の悪い」
「茶化すな。お前……聞き間違いでなければ、俺を」
「そうだ。ただのセフレなんて思っちゃいなかったってことさ。オレはな」
「神宮寺……」
嬉しくて仕方がないはずなのに、信じられない、という気持ちがなおも上回っていた。しばらく固まっていると、それに気付いたレンが苦笑して、身体を浮かせて真斗から離れた。
「驚いた、ってか? だろうな。オレだって予想外なんだよ、こんなことになるなんて……」
レンは煩わしそうに髪を掻くと、横を向いた。
「どうせお前はオレのことなんか嫌ってんだろうから、別に強要するつもりなんてない。どうせ、俺とお前は身体で繋がってるだけの関係――だったはず、だしな」
レンの声が微かに震えていた。それが本音ではないと、真斗は即座に見抜く。
レンはいつも、自分に対して素直じゃない素直じゃないと言うけれど――真斗は心の中で思う。素直でないのはどっちだ。お前もじゃないか。
「レン」
驚くほどするりと、その名が唇から紡ぎ出された。レンははっと顔をこちらに向けた。
「聖川、お前」
「さっきのは……嘘だ。俺が毎回こんなことをされて……お前に何も思ってないわけがなかろう」
「でも、それは――」
「お前のことが嫌いだなんて、いつ言った」
真斗はそこまで言って、続く言葉を紡げずに俯く。しばらく、二人の間には沈黙が流れた。
「――それ、オレがいいように解釈してもいいってことか?」
沈黙を破ったのはレンだった。真斗は躊躇っていたが顔を上げ、静かに頷く。切り揃えられた髪が、さらりと揺れた。
レンの驚きに固まっていた表情がやがてほぐれ、唇が笑みの形に歪んだ。はは、と笑い声が洩れる。
「なんだよ。素直じゃねえな、お前は」
「うるさい。それを言うならお前もだろう。先程声が震えていたぞ」
「そうだったか? 覚えがないね」
肩をすくめておどけたように否定するレンに、真斗は唇を噛み締める。だが、不思議と悔しい感情は一瞬で消えてしまった。新たに湧いたのは、胸を覆う温かな感情。それに名を付けるのは、いささか早すぎる気がしたけれど。
「……じゃあ」
レンが真斗を抱き寄せ、耳許に唇を寄せて囁く。
「いいんだな? オレがこれからお前を好きなようにしても」
「調子に乗るな。あまり乱暴なことをするようなら、抵抗させてもらう」
「そんなこと言われたら、ますます乱暴したくなるねぇ」
「貴様」
真斗が睨み付けると、おお怖い、とレンはわざと怖がって見せた。
そう言っているが、レンが決して乱暴しないことを、真斗は知っていた。この男はそういう男だ。現にセックスフレンドとして繋がっていた時でさえも、真斗を乱暴に扱うことはなかった。――だから。
「……信じている」
呟くように落とされた言葉を、レンが聞き逃すはずもなく。
「素直な聖川ってのも、それはそれで怖いもんだな」
「無駄口叩くな」
いつもの応酬が、妙に心地よかった。
視線を合わせて、自然と重なる唇。それはとても優しい感触だった。最初に触れ合ったときと同じ――
レンの指が、再び動きを開始する。今度こそは、自分の欲求を素直に言える気がした。レンの背に手を回しながら、きゅ、と拳を作る。ん、と顔を傾けてきた彼に、真斗はそっと、その言葉を告げた。
初書きレンマサ。セフレ設定のレンマサ妄想に萌え滾った結果がこれ(2011.7.25)