アニメカミュ先輩があまりにも理想の先輩かつ受けくさかったので。ただただ蘭カミュが言い争いしてるだけでおいしい(2013.4.30)
「知らねぇよ。おれは何にも言う気はねぇ。おまえらに指導する気もねぇ。勝手にやれ」
「く、黒崎さん……!」
新しくできたという曲の楽譜を持ったまま、その場に立ち尽くす真斗にひらりと手を振って、蘭丸は背を向けて歩き出した。彼が追ってくる気配は、ない。蘭丸がこれ以上相手をしないと分かっているのか、それともここは引くが賢明と判断したのか。どちらにせよ悪くねぇ判断だ、とその部分だけを心の中で評価して、蘭丸はマスターコース寮の廊下を右に曲がった。
廊下の両端にずらりと並んだ扉の前に、蒼い宝玉のついたステッキを手に、イライラと足踏みをしているカミュが立っていた。彼が立っているのは、確か彼とその後輩、愛島セシルの部屋の前だ。
「愛島め、この時間に来いと言ったのに一体何を……」
忌々しげに独り言を呟いたところで、カミュが視線を上げ、蘭丸に気付く。蘭丸は無視して通り過ぎようとしたが、すれ違いざま、嫌味でも言ってやろうかと口を開いた。
「てめぇはやけに熱心だな。後輩の指導なんてやってられねぇよ」
む、とカミュが蘭丸を睨む。
「これは事務所命令だ。そういう貴様こそ、その命令を無視して後輩をほったらかしにしているそうではないか。仕事を疎かにするとは、プロ意識の足りん奴め」
「ああいうのはいくら口で言ったって身につくもんじゃねぇだろ。後輩なら先輩の背中見て学ぶ。それしかねぇよ」
「そうは言うがな。果たして、貴様の背中を見たところで、何か学び取るものがあるのかどうか」
腕を組み、馬鹿にしたようにフンと鼻を鳴らされて、蘭丸もむきになる。
「はぁ!? それを言うならてめぇこそどうなんだよ。指導どころか、あの後輩、てめぇの言うこと全然聞いてねーじゃねぇか。それでいっちょまえに先輩ヅラしてやがんのか」
「黒崎、貴様……言わせておけば!」
カミュの額に青筋が走った。勢いよくステッキを振り下ろし、身を乗り出してくる。
「貴様にだけは言われとうないわ、愚民めが! 貴様のは指導ではない、職務怠慢だ!」
「あぁ!? それはこっちの台詞だ! てめぇだってそんなお飾りの棒だけ振り回して、満足に指導もできてねーじゃねぇかよ!」
「ふん!」
カミュは鼻を鳴らし、蘭丸の言葉など聞いていないかのように、挑発的に唇の端を吊り上げた。
「さては貴様、あの御曹司どもに嫉妬しているのだな? 自分が没落貴族だからという理由で……元だろうが、貴様の中に貴族のプライドがあるならば、もっと余裕を持たんか!」
「なにぃ…!?」
蘭丸の目が吊り上がる。力任せにカミュの首元に掴みかかり、手首を捻って顎に拳を突き付けた。
「それを言うならてめぇこそそうだろ! あっちは王子様でてめぇはただの伯爵だからな。余裕がないのはどっちなんだよ、あぁ!?」
「きっ、さま……言わせておけば!」
カミュも両手で、蘭丸の首元に掴みかかってくる。
「普段から思っていたのだがな、貴様も貴族のはしくれであったならば、ロックなどという野蛮で耳障りな音楽はいい加減やめろ! 耳が潰れるわ!」
「貴族貴族貴族うっせぇなぁ! てめぇこそやる気あんのかよ! なんでもすまし顔で軽くこなしやがってよ、てめぇには必死さと熱さが足りねぇんだ! てめぇの歌聞いても何にも伝わってこねぇんだよ!」
「ほう、それは何でも出来る俺への嫉妬か? 見苦しい! 愚民がこの俺に嫉妬など、立場違いも甚だしいわ!」
「てめっ、いい加減に……!」
威圧して黙らせようと、カミュに更に詰め寄ろうとしたその時だった。
蘭丸の顔は勢いよくカミュの顔に突っ込んで――そして、あるところに収まった。
「……!?」
ガチン、とぶつかり合う歯と歯。唇を襲う、味わったことのない妙な感覚。どうもそれは、自分の触れている皮膚と、ほぼ同様のものであるようで――
「っうあっ!?」
蘭丸は思わず飛び退いていた。カミュも呆然としてはいたが、すぐに忌々しげに唇を拭っていた。微かに唾液で輝いて見えるそれは、もしかして。蘭丸はそこまで考えて慌てて首を横に振った。考えたくもない。誰か嘘だと言ってくれ。
「きっ……さま、どこまでこの俺を侮辱すれば気が済むのだ……!!」
壊しそうなくらい思い切りステッキを握り締めているカミュの身体が、凄まじい怒りで震えている。周囲の温度が急激に下がっていく気がした。蘭丸とて、これ以上この男と一緒にいるのは真っ平だ。顔を見れば、嫌でも余計なことを考えてしまう。
「事故だ、故意じゃねぇ!! 誰がてめぇなんかとこんなこと好き好んでやるか!」
カミュの怒りが本格的に爆発しないうちに、捨て台詞を吐いて走り去る。その蘭丸の背中を、カミュの地を這うような声が追ってきた。
「くーろーさーきー!! 言い訳など聞きたくないわ、死んで詫びろ!!」
鋭い冷気が勢いよく迫ってくる。このままだと氷漬けにされてしまう。
「冗談じゃねぇ、クソッ!!」
逃げ足にだけは自信がある。蘭丸は追いつかれないよう必死で走った。氷の破片が頬を掠める度、浮かんでくる男の顔を振り払うようにしながら。
全身の皮膚の温度が急激に下がっていく中で、唇だけが忌々しくも、奇妙な熱を発していた。
アニメカミュ先輩があまりにも理想の先輩かつ受けくさかったので。ただただ蘭カミュが言い争いしてるだけでおいしい(2013.4.30)