AS友情EDの組み合わせがこの二人で滾った結果。カラダの関係から始まればいいなと思う二人(2013.4.12)
「――ッくそ……」
達したばかりの身体をベッドに横たえて、蘭丸は顔を歪め、唇を噛み締めた。
この男との情事は、いつも最悪だった。そもそも、男との情事が成り立っている時点で最悪の状況に近いのだけれど、相手がカミュだという事実は、いつだってどうしようもないくらいの深い嫌悪感を蘭丸の中に残していく。
シルクパレスで女王に仕える騎士は、女性との婚前交渉が禁じられている。性欲処理を一人で行うのも罪深いことであまり好ましいとはいえない、だから男の“恋人”を作る慣習がある、とかなんとか長々しくほざいていたが、要するにカミュには男のセックスフレンドが必要ということらしかった。
「はぁ? てめぇ、気でも狂ったのかよ」
“恋人”の話を聞かされた時、カミュは正気ではない、と思った。元々よく分からない男だと思っていたが、まさかここまでだとは思わなかった。蘭丸の反応は彼の想定内だったのか、楽屋の椅子に足を組んで座ったまま、涼しい顔でコーヒーに更に角砂糖を追加していた。
「貴様のような単細胞でも理解できるように分かりやすく言うなら、要するに、俺の性欲処理の手伝いをしろと言っている」
「っざけんなよ。ありえねーだろ、男相手ってだけでも最悪なのに、相手がお前? つーかなんでおれなんだよ。他にもいるだろ。嶺二とか」
「あの男はがさつでやかましい。俺は好かん。この秘密を守れるかという点でも、怪しいところがあるしな」
「じゃあ、藍は。嶺二よりはよっぽど秘密守ってくれそうだぜ?」
「あの男は……構造上に問題がある。それに知らんのか貴様、あの男はまだ15歳。俺はこの国の法に触れるようなことはしたくないのでな。郷に入っては郷に従え、というやつだ」
「じゃあそのアホらしい慣習とやらも引きずり続けてんじゃねーよ!」
バン、とテーブルを叩いて反論するが、カミュは全く表情を変えない。
「これは人間の欲求上のことだからな、避けては通れまい。で、どうだ貴様? この俺の“恋人”になる権利、悪くはない話だと思うが? 情事の日には、貴様の好きな焼き肉を奢ってやってもいいぞ?」
「い……っらねーよ! 考えただけで吐き気がする、あーっもう胸糞悪ぃ!」
これが番組収録後の話で良かった。収録前でこれだったら最悪だ――そう思いながら、おえ、とえずく仕草をして、蘭丸はカミュから視線を背けた。
すると、ようやくと言うべきなのか――カミュが動いた。コーヒーカップをテーブルの上に置くと、椅子から立ち上がり、靴の音を耳障りに響かせながら、こちらに近寄ってくる。蘭丸の目の前に、大きな影ができた。
「んだよ、脅しには――」
屈する気はねぇ、と言おうとして、カミュの顔を見上げた蘭丸の言葉が止まってしまった。カミュは不敵な笑みを浮かべていた。有無を言わせぬ、というのは、まさにこういう雰囲気のことを言うのだろうか。
「昔話をしよう。あるところに、テディベアを抱かなければ眠れない男がいた」
「はぁ!? 一体何の話――」
蘭丸の言葉を遮るように、カミュはどこからともなく、古ぼけたテディベアのぬいぐるみを取り出した。
「このテディベアは、その男にとってたいそうお気に入りだったようでな。まあ事情があって売りに出されて、こうして俺の手元にあるわけだが」
カミュの唇が横へ広がるのとは対照的に、蘭丸の唇はぽかん、と下に垂れ下がった。
蘭丸の身体は完全に固まっていた。先程までの威勢はすっかり萎れて、ただただ、カミュの手に握られているテディベアのぬいぐるみを見つめていた。
忘れるはずもない。あれは蘭丸の生家、黒崎家が没落する前。まだ蘭丸が幼い子どもだった頃の話だ。両親から与えられたテディベアを、蘭丸は名前まで付けて、毎日抱いて眠っていた。そのテディベアが、何故、この男の手元にあるというのか。
「貴様はこの毛むくじゃらのぬいぐるみを抱いて眠る習慣がある、と――世間にバラしたら、一体どうなるだろうな?」
蘭丸の全身の毛が逆立った。考えたくもない話だった。ロック、ストイック、クール。そんなイメージで固められた自分が、このぬいぐるみ一つであっさりと壊される。他人から笑いものにされてしまう。到底耐えられる話ではなかった。
呆然とする蘭丸の頬を、いやに冷たい手がすっと撫でていった。振り払おうにも、身体が固まったままで、それもかなわない。
「どうだ? 俺の話を受けるというなら、これのことは黙っておいてやっても良い」
「てめぇ、汚ねぇぞ……!」
「なんとでも言うがよい。この状況を見れば、優位なのはどちらか――火を見るよりも明らかだと思うがな?」
ぐっ、と奥歯を噛む。悲しいことにそれが分からぬほど、蘭丸は子どもではなかった。カミュは満足したように微かに頷くと、蘭丸の肩に手を置いて、静かに告げた。
「――今日の21時、ここで待っている」
すっと、とある場所の書かれた白いメモを、蘭丸の目の前に差し出して。
カミュはその都度、違う場所を指定してきた。最初は今の蘭丸には玄関に足を踏み入れることすら許されないであろう、高級ホテル。次はまた別の、都内の高級ホテル。カミュが普段住んでいるという、森の中の三階建ての家に案内されることもあった。ベッドの上の後片付けが面倒なのだがな、と言いながらも、カミュがその時だけ手を緩める、ということはなかった。
もうあちこち蹂躙されすぎて、カミュの手の入らなかった場所はないのではないかと思うくらい、蘭丸の身体は、カミュによって“汚染”されていた。耳、額、鎖骨、胸、腹、ペニス、更には尻の穴に至るまで、カミュは自分の色に染めようとしてきた。蘭丸はそのたびに抵抗したが、あのテディベアのことが頭に過ぎって、本格的な抵抗までには至らなかった。されるがまま、その悔しい思いを暴言としてぶつけてみたけれど、カミュからも同じような暴言が返ってくるばかりで、きりがなかった。
その代わりといってはなんだが、カミュは優しく丁寧だった。蘭丸の身体をむやみに傷付けるようなことだけはしなかった、という点は、それだけでも忌々しい話だけれど、評価に値する、と言っても良かった。シルクパレスにいた頃にも“恋人”がいて、何度も経験があったそうだ。それがシルクパレスでは普通だ、とカミュは平然と話すのだけれど、話を聞く度に何故かちりちりとくすぶる嫌な感情が芽生えて、話を遮るか、もうそれ以上考えないようにすることが多かった。
その日は、カミュの自室で事は行われていた。もう既にある程度の手順を理解した蘭丸が、諦めたように上衣を脱ぎ捨てると、カミュはいつも眉を顰める。その反応を見るのは気味が良くて、ささやかな抵抗として、いつもしていることなのだけれど。
「色気もない。もう少し雰囲気というものを考えられんのか、貴様は」
「あ? こんな身体だけの関係に、色気もクソもねぇだろ」
カミュはやれやれと言った様子で首を振る。
「本国にいた頃の“恋人”は、もう少しムードを大切にしてくれる男だったがな」
「知らねぇよ」
蘭丸は苛立ちを抑えられなくなり、吐き捨てるように言った。逆に、今度はカミュが蘭丸の反応を楽しんでいるようだった。「来い」、と言って、蘭丸の手を掴むと、奪うように唇を引き寄せる。この瞬間が、蘭丸はたまらなく嫌だった。始まりを告げる合図。これから数分間、自分はこの男に屈していなければならない。
だからせめてもの抵抗として、大人しくキスを受けてやるなんてことはしない。歯を立て、少しでも舌を入れてこようもんなら、噛み千切るくらいの勢いで、牙を剥く。カミュはいつもそれを嫌がるけれど、向こうだって歯を立ててくるんだから、お互い様だ。
「……どこまでもままならん男め」
「うっせ、ざまぁみろ」
二人のセックスは取っ組み合いのようなものだった。悔しい、認めるのは非常に悔しいものがあるが、快感を覚えることは、確かにある。けれども、与えられっぱなしでは割りに合わない。無駄だと思っていても、素直に奴の意志に従うことは決してない。
鎖骨から胸板をなぞり、へそを通ったところで、カミュの白い指が蘭丸のペニスに辿り着く。反射的にびくん、と身体を震わせてしまうのだけれど、蘭丸は決まって、耐えるようにカミュの背に爪を立ててやる。今日だってやすりで思い切り磨いてきてやったのだ。奴の背に傷を付けるくらいの勢いで、でも本当にそうしたら後で面倒なことになるから、実行したことはないけれど。
「貴様の爪の痛みも、慣れたら大したことはないな。むしろ快感すら覚える」
カミュの言葉は虚勢を張っているのか、それとも本気でそう思っているのか、判断がつかない。
「ドMかよ」
「誰がだ。貴様と一緒にするな」
「あぁ!? 誰がドMだって?」
「そんなことを言って、いつも俺に攻められて感じているではないか」
「それは……ッ、てめぇ、のせい、っだろっ」
カミュの手が素早く蘭丸を扱いて、蘭丸の身体は否応なく反応させられる。余裕がない自分を認めさせられるのが嫌で、蘭丸の爪はますます深く食い込む。ふー、とカミュは満足げに息を吐いた。それすらもたまらなく嫌で、いつかこの顔を歪ませてやりたいと、蘭丸は心に誓う。
そんな誓いを積み重ねて、もう何度目になるだろう。そろそろ実行に移すべきではないか。蘭丸はそう思って、快感に震える身体を、暴れ馬を鎮めるように抑えつけながら、カミュの肩に、思い切り噛みついた。
「――っ! 貴様っ、何を!」
「うっせ、ドM。こうした方が、てめぇも感じるんだろっ」
「貴様……そんなところに跡をつけたら、ただではおかんぞッ」
蘭丸は少し満足げに笑うと、その言葉をまるきり無視して、先程食い込ませた部分にもう一度噛みついてやった。
「ぐ、き、貴様……!」
「もう手遅れだろ。てめぇの自慢の白い白い肌がこんなになって、台無しだな」
もう一度痛みを感じさせるように、先程噛みついたところを指の腹でぐっと押し込んでやる。
白く滑らかなご自慢の肌にくっきりと赤い歯形がついてしまったのを見て、カミュが静かに怒り始めるのがわかって、蘭丸は愉快で仕方がなかった。もっと早くにこうすれば良かった。今まではあと一歩踏み込むことを恐れて何もできなかったが、ここまですれば、もう怖いものなど何もない。
「見られたら大変だな。なんて言い訳すんだよ? ホモの恋人に歯形つけられて大変でしたって? てめぇを慕ってるファンはさぞかしがっかりすんだろーな?」
「貴様、言わせておけば――!」
カミュは余程激昂したらしい。その身体のどこにそんな力があったのか、と思うほどの勢いで、カミュが蘭丸を押し倒した。自分を見下ろすカミュの表情からいつもの余裕は消え失せていて、それだけでも、蘭丸は満足していた。
だが、そこからのカミュは容赦がなかった。前戯もなしで、カミュのペニスが蘭丸の穴に入っていくのが分かる。悲しいことに、すんなりとはいかないまでもゆっくりとなら受け入れてしまえるほどに、二人が情事を重ねてきたという絶望を、今度は蘭丸が味わう羽目となった。
「っ、痛ぇ! てめっ、何すんだ!」
「ふん。今までは貴様の仕事には響かんよう考えてやっていたのだが、それも馬鹿らしくなってきたのでな。これも報いだ!」
「ぐ、っぁあ……やめ、っろ……!」
蘭丸が呻いても、カミュは涼しい顔をしたままだ。容赦なく奥を突いてくる感覚に、一瞬息ができなくなり、目の前が白くなる。こんなにも痛みが全身を走っているのに、同時に感じてしまっている自分に気付いて、蘭丸は顔を歪めてシーツに爪を突き立てた。悔しい。先程までは、確かに優位に立っていたはずなのに。
そのことにカミュも気付いたのか、冷たい視線で蘭丸を見下ろしてくる。
「ほう。わざと痛くしてやっているというのに、それでも感じているのか。貴様は本当にドMのようだな」
「違っ、感じて……る、わけ、ねぇだろ……っんぁっ!」
「なんだ? 今の声は。俺を煽っているのか。ならば……それ相応の結果を与えてやらねばならんな」
「けっ、か……? っぁ、てめ、くっ、ぅあ……!」
カミュの腰の動きが、先程よりも激しくなった。
それを受け止めるので精一杯になっていた蘭丸は、その後、自分の腹の中が急に生温かくなったという事実を認識するのに、5秒ほどかかった。
「て、めえ……!?」
蘭丸は驚いて思わず上体を浮かせる。今までなら、果てるときはそうだと告げてくれていたのに。カミュは冷酷な表情に、唇だけを広げて笑みを浮かばせた。
「これが、俺を煽った“結果”だ」
「ぐ……てめぇ、許さねぇっ……!」
「貴様の許可など求めた覚えはない。さあ、貴様もさっさと果てろ!」
ペニスを急に扱かれて、予想もしなかった快感に蘭丸はあっさりとイってしまった。腹にかかった白濁を忌々しげに拭い去りながら、カミュは蘭丸からペニスを引き抜いた。
「飼い犬に手を噛まれるとは……忌々しい。昔の恋人は、もっと従順な、そう、アレキサンダーのような、良い男だった」
カミュが相当に可愛がっているあの大型犬の名前まで出して比較され、蘭丸の苛々が最高潮に達する。
「じゃあ、なんでおれを選んだんだよ。もっと言うこと聞きそうな奴にすりゃ良かっただろーが!」
「相応の取引をする材料がこちらに揃っていたのが、貴様だったというだけの話。別に貴様でなくても良かったのだ、だが……」
カミュは眉間に皺を寄せて、自分の肩についた歯形に視線を向け、ゆっくりとそれを指でなぞった。
「こんなものをつけられては……ますます貴様と離れられなくなったではないか、どうしてくれる」
「は? どういう意味だよ」
「愚民め。そんなことも分からずにあのような行動に出たのか。こんなものを、他の誰かに見られるわけにはいくまい。つまり俺は、貴様にしか肌が晒せない身になってしまったということだ」
「はぁあ!?」
蘭丸は絶望した。結果的にあの歯形は、自分たちをますます縛り付ける結果となってしまったらしい。最初は最高の反撃方法だと思っていたというのに――自分の浅はかさに、ただただ嫌悪感が募る。
「貴様なんぞ、シルクパレスに帰るまでの仮初の存在だったはずだというのに。向こうの恋人にこの歯形について聞かれたら、なんと言い訳しろと言うのだ」
「知らねーよ! そっちの男の方がいいんなら、その男呼んで好きなだけしてりゃいいだろ! なんでわざわざおれを選んだんだよ、ふざけんな!」
自分への苛立ち、カミュへの苛立ち、そして、不必要なはずの、カミュの本国の恋人に対する苛立ち――蘭丸の心の中は嵐が吹き荒れたようにぐちゃぐちゃになっていた。
脱ぎ捨てていた衣服を回収し、さっさと身に付けると、カミュに背を向ける。
「おれは帰る! ここへは二度と来ねーからな!」
「待て!」
カミュが素早く立ち上がり、去りかけた蘭丸の腕をぐいと引っ張る。
「な……!?」
その勢いに抗えずカミュの方に向き直ってしまい、蘭丸は過去最悪に後悔する羽目になった。
カミュはそのまま蘭丸の肩を剥き出しにすると、そこに唇を寄せて、思い切り吸い付いたのだ。蘭丸の目が驚きに見開かれ、心臓が高く跳ね上がる。
カミュの唇の跡が、先程の歯形のように赤くついてしまった。唾液の跡に触れた蘭丸を、先程よりも大きな絶望が襲う。対するカミュはあくまで冷静な口調で告げた。
「俺だけでは不公平だからな。貴様にもこうして印をつけてやったまで。言っておくがこれは俺が貴様を所有している証なのであって、貴様に変な気持ちを抱いたというわけではないからな」
「ん……なの当たり前だろうが!! つーかふざけんな、おれはてめぇのもんになった覚えなんかねぇ!!」
「何を言う、貴様は俺の“恋人”。所有者も同然だろう」
「馬鹿言うな、おれは絶対に認めねぇからな!」
蘭丸はカミュの手を振りほどき、カミュの寝室から螺旋階段を一気に下りた。心臓が早鐘を打っていて落ち着かない。この状況では落ち着けるはずもないのだが――
森に出たところで、蘭丸は改めて自分の身体についた跡を確認した。カミュの唾液が、まだ微かに残っている。苛立ちと嫌悪と、あとよく分からない感情に苛まれて、蘭丸はたまらず木に寄りかかった。
「くっそ……」
これ以上の繋がりなど作るつもりはさらさらなかったのに、まさかこれまで以上に強く繋がる羽目になってしまうとは。
これからのことを考えて、蘭丸はしばし、途方に暮れた。
AS友情EDの組み合わせがこの二人で滾った結果。カラダの関係から始まればいいなと思う二人(2013.4.12)