カミュ先輩誕生日おめでとう!セシル一日、いや一生占領権は貴方のものです!(2012.1.23)
朝食を取った後、テレビをつけて天気予報を横目で見ながら、砂糖たっぷりのコーヒーを優雅にすするこの時間は、カミュにとって心休まる時間だった。だからこの時間帯は話し掛けたりして邪魔をしないよう、同居人のセシルにはきつく言い聞かせてあったはず、――だったのだが。
「カミュ、今日は早く帰ってきますか? “テッペン”、越えたりしませんか?」
食器の片付けを終えてリビングに戻ってきたセシルが、覚えたての業界用語を使ってしきりにそう尋ねてくる。カミュは眉間に皺を寄せて、煩わしげに答えた。
「そんなに遅くはならないはずだと、先程から何度も言っている。聞こえなかったのか?」
「でも、心配で……もし遅くなるなら、ちゃんと連絡、してください」
「貴様は俺の母親か」
「ワタシはカミュの恋人です!」
冗談のつもりが大真面目に反論されて、カミュは思わず脱力する。そういえばこの後輩には、まるで冗談や皮肉が通じないということを忘れていた。額に指先を当ててやれやれと頭を振った後、深々と溜息をついた。
テレビの向こうのアナウンサーが、明日23日からは再び寒い日が続くでしょう、と告げているのが聞こえた。カミュはやや憂鬱な気分になる。自身は雪国の生まれだから、日本の寒さ程度ならとうに慣れている。だがセシルは逆に砂漠の国の生まれだ。日本で冬を越すのはこれで3年目で、慣れていてもおかしくない頃だというのに、寒い寒いと何度も言って、カミュにやたらと身体を擦りつけてくるのだ。
全く煩わしいことだ、と、カミュは大きく息を吐いた。その割に、細められた瞳には、嫌悪の色は全くなかったのだけれども。
今日はバラエティ番組の収録だった。執事アイドルというキャラクターを演じ、にこやかな笑みをスタジオで振りまく。慣れてきたとはいえ、収録を終えて楽屋に戻ると、思わず深く溜息をついてしまうくらいには、精神的に疲れる。
今朝セシルに言った通り、日をまたぐ時間までには帰れそうだった。とはいえもう午後10時を回っている。楽屋を出てすれ違うスタッフにお疲れ様でしたと会釈し、カミュはテレビ局を出た。
部屋の前で時計を見ると、11時になる直前だった。扉を開けて中に入ると、セシルが嬉しそうに出迎えてくれた。
「おかえりなさい。ちゃんと帰ってきてくれたのですね!」
「時間通りに終わっただけだ。別に貴様のために帰ってきたわけではない」
ぶっきらぼうな口調で言い、コートを脱いでセシルに渡す。セシルは受け取ったコートをハンガーに掛けに行き、その間にカミュは廊下を歩いてリビングに入った。ダイニングテーブルの上には、カミュのために用意したらしいセシルの手製の料理がいくつか載っていた。
共同生活を始めた頃、料理などしたこともないと言い放ちカミュを憂鬱にさせたセシルも、ここのところまずまずのレベルの料理を作れるようにはなってきていた。当初はあからさまに眉根を寄せ、まずい、とはっきり言い放っていたカミュも、最近は何も言わない。細かいところでは、味付けについて言いたいことはあるものの、あまり言うとセシルがあからさまに凹んでしまうことが分かっていたから、適度に、を守るようにしている。そんなことをする義理はカミュにはないはずだったのだが、そうした方がいい、と思う心が生まれてしまったのは、一体いつからだったのか、もう覚えていない。
セシルの作った遅い夕飯を食べた後、軽くシャワーを済ませ、カミュは寝室に向かった。ベッドには既にセシルが潜り込んでいて、カミュはそれを上から思い切り睨み付けてやる。
「貴様、誰の許しを得てここに入った」
「……いけませんか?」
瞳を少し潤ませて、捨て犬のように肩を微かに震わせるセシルをじっと見下ろす。拳をぎゅっと握り締めて、これから生まれるであろう羞恥の感情を殺した。いつものやりとりが始まる、合図のようなものだった。
カミュは無言でベッドに入ると、シーツの上に手をついたままセシルを見下ろす。首を伸ばしてキスをねだるのは、いつもセシルの役目だった。
「ん、っ……」
セシルの滑らかな肩に手を置いて、ついばむようなキスを繰り返す。緩めに縛っていたバスローブの紐がほどけ、カミュの胸板が顕わになる。セシルは既に何も着ていなかった。自分とは明らかに違う国で育ったことを示すその褐色の肌にさえ、今は欲情してしまう。
唇を離し、今度は柔らかな耳朶を食んでやる。電気を帯びたかのようにびくびくと震えるセシルに、情けなくも劣情を煽られた。
「っは、はぁっ、カミュ……」
「音を上げるのか? 軟弱者め」
地を這うような低い声で尋ねると、セシルは首を横に振る。
それを確認してから、カミュは上半身を起こしていたセシルを緩やかに押し倒した。そしていつものように、既に硬くなっているセシル自身に手を掛けた、その時だった。
「いけません!」
セシルが急にそう言って身体を起こした。いつもなら抵抗したりしないのに――カミュは思わず仰天して、身体を引いてしまう。セシルは小刻みに呼吸を繰り返した後、足を掛け布団の中から引き抜いて、その場に正座した。
「愛島、貴様一体何を」
怪訝に思って訊くと、セシルはベッドサイドに置かれているデジタル時計の方を振り返った。つられてカミュも視線を向ける。
「5、4、3、2、1……」
セシルの口の中で発せられたゼロ、という言葉と同時に、デジタル時計が0時ちょうどを示し、日付が変わったことを知らせた。そうしてセシルはこちらを向き、甘えたようにカミュの胸元に擦り寄る。
「カミュ、お誕生日おめでとうございます!」
「誕生日、だと……ああ――」
カミュはそこで、今日が自分の誕生日であったことを思い出した。忘れていたわけではなかったのだが、一時的に頭から飛んでいた。いくら断っても、世話好きかつイベント好きな嶺二が毎年サプライズパーティを仕掛けてくるので、少々憂鬱な日でもあったのだが。
セシルは嬉しそうな表情で、上目遣いにカミュを見つめる。
「誕生日プレゼント、してもいいですか?」
「用意していたのか」
はい、と笑顔で頷くセシルを見て、やれやれとカミュは頭を振る。
「……まあ、もらってやらないでもないが」
そう言った途端、セシルの表情がぱあっと明るくなった。何故か嫌な予感がして、カミュの背に冷や汗が流れる。
――その予感は、果たして的中していた。
一瞬、セシルの顔がカミュの身体を伝って落下した、ように見えた。直後その意味を悟り、カミュは慌てふためく。
「愛島っ、貴様……!」
「んんっ……」
セシルは緩やかに立ち上がったカミュ自身を、自分の口に含んでいたのだ。
最初は咥えて、舌を拙く動かすだけ。それでも未知の感覚に驚くカミュの身体を興奮させるには十分だった。微かに腰が浮き、肩が震える。セシルの舌先がカミュの先端を撫でる度、電流のように快感が全身を走り抜け、カミュの芯をいとも簡単に揺らしてしまった。
「っ、く……きさまっ、何をする……」
自分の声が驚くほど弱々しくなっていることに、カミュは気付いて嫌悪した。この程度のことで揺さぶられているようでは、女王の僕として仕える資格はない。もっとも、他国の王子と背徳的な関係を結んだ時点で、その資格はとうに失っているのだが――
カミュの心の中の感情のせめぎ合いにも気付かないのか、セシルは呑気に上目遣いで訊いてくる。
「っんむ、ひもち、いい……ですか?」
「そんなわけ――! っ、く、う……」
反論しかけたところで、セシルの手が根元の袋に触れたせいで、カミュは完全に言葉を失った。しまったと思うも後の祭りだ。セシルはその反応を見逃さなかったらしく、視線を落として、先程触れた部分にもう一度手を置いた。
「カミュ、ここが気持ち良いのですね?」
「っ、貴様、ただでは済まんぞ――」
カミュの脅しは、もう既に脅しの体を成していない。人間に踏み潰される運命から逃れられぬ哀れな蟻が、手足をじたばたさせるようなものだ。触れられながら、セシルが再び口での愛撫を開始してしまい、カミュの芯は大きな快感でぐらぐらと揺さぶられた。
「っく、はぁっ、はぁっ……っ」
「ん、む……ふ、うっ」
カミュの先端から溢れ出す透明な汁を唇で啜り、忙しく舌を動かすセシルが、歯を食いしばって耐えているカミュに上目遣いで言う。
「我慢は、身体に毒です」
「き、さまなどに、言われたくは――っうぁっ!」
シーツに爪を立てて耐えようとしたが間に合わず、カミュは思わず大きな声を出してしまった。全身に襲いかかる羞恥と快感を発散しきれず、持て余したまま自暴自棄になる。
このまま達してしまいそうだ――悟ったカミュがぐいとセシルの頭を掴むと、セシルは驚いたように顔を上げた。
「カミュ?」
カミュからは既に、説明する余裕すらも失せていた。
セシルの頭をやや乱暴に突き放すと同時に、カミュの先端から白濁した液体が飛び散った。重力に従って液体がシーツの上にぽたぽたと落ちていくのを、セシルは呆然と見つめていた。
熱い塊を吐き出した後、カミュは気怠さに襲われて、シーツの海に身を任せるように倒れ込んだ。
向こうから望んでしてきたこととはいえ、さすがにセシルの口内に出すわけにはいかない――そんなカミュなりの配慮のつもりだったというのに、セシルは先程から不機嫌そうに頬を膨らませ、ベッドの隅に座ってカミュに背を向けている。
「愛島、何故そんな顔をしている。こちらを向け」
「イヤです」
セシルが頑固モードに入ってしまったときの声だ。こうなるとセシルはてこでも動かない。だが何故こんなにセシルが不機嫌なのか、理由がまるで分からなかった。
「理由を言え。何故そんなにも不機嫌そうにしている」
カミュが再び問い詰めると、セシルは僅かに身体をこちらに向けた。
「……カミュが、最後までさせてくれなかったからです」
意外な答えに、カミュは思わず目を見開いた。それは無論、先程のフェラチオのことを指すのだろう。
「ワタシこそ、訊きたい。カミュは何故、あそこでワタシを突き放したのですか。ワタシはカミュの全てを受け入れたいと思っていたのに」
「馬鹿なことを言うな。同じように白くとも、貴様の好きな牛乳とは違うのだぞ。分かっているのか?」
「カミュこそ、バカにしないでください! それでもワタシは、カミュのセイエキが欲しかった。それなのに……」
先程まで怒りを顕わにしていたセシルの表情が、次第に悲しみの色を帯びていく。うっ、とカミュは思わず言葉に詰まった。こうなってしまったセシルに、自分がとことん弱いことを、カミュは知っていた。自分があまりに情けなくて、このまま喉を掻きむしってしまいたくなる衝動に駆られる。
どうすべきか考えあぐねていると、やがてセシルの表情が悲しみから切なさへと変化していった。セシルはベッドを四つん這いのまま横切り、カミュの胸に猫のように顔を擦り寄せた。いつもならカミュから何かしない限り絶対に動こうとしないのに――意外な行動に、カミュは一瞬たじろいだ。
「……ごめんなさい」
予想だにしない言葉まで聞こえてきて、カミュの目が大きく見開かれる。
「今日は、カミュの誕生日……だから喜ばせたいと思ったのに、ワタシが怒ってはいけなかった。ごめんなさい」
だから、とセシルは言葉を続ける。
「今夜は、いいえ、今日は一日、ワタシをアナタの傍に置いてください。今日一日ワタシはずっと、カミュのものです」
セシルが弱々しげに手を伸ばし、カミュの胸板に触れる。カミュはセシルの背に手を回すと、ぐいと自分の側に抱き寄せた。
「愚民めが」
わざと冷たく吐き捨てる。
「一日だけか。貴様の覚悟は所詮そんなものか」
その言葉の意味に気付いてくれればと、カミュは心の中で願った。セシルがはっと顔を上げる。冗談や皮肉の通じないセシルでも、言外に含めた意味には気付いてくれたようだ。セシルは首を横に振って、今度は明確な意志を持って、カミュの肌に指先を沿わせた。
「カミュ、アナタがいいと言うのなら……ワタシは、永久に、アナタの傍に」
噛み締めるように一言一言発せられた言葉を、カミュも慎重に呑み込んだ。胸に広がる不思議な温かさを幸福と呼ぶのなら、自分はきっと幸福の絶頂にいるのだろう。こんな温もりを今まで知らなかった。女王の傍にいる時の高揚感を、幸せと勘違いしていただけだった。愛する者を抱き締めて永久にと誓われること。それこそが、本当の幸せではないか。
「今晩は冷えるだろう」
そう言ってカミュが掛け布団を引き寄せてやろうとすると、セシルはふるふると首を振った。
「カミュの温もりがあるから、平気です」
いつからこんな言葉に、苛立ちではなく喜びを感じるようになったのだろう。
カミュは静かに目を閉じて、目の前の愛しきものを強く強くかき抱いた。
カミュ先輩誕生日おめでとう!セシル一日、いや一生占領権は貴方のものです!(2012.1.23)