朝チュンが書きたくて。口は悪いけどセシルに優しいカミュ先輩ブームです(2011.11.13)
カーテンの隙間から洩れ出る眩しい光で、セシルは緩やかに目覚めた。重い瞼を持ち上げ、夢から現の世界へと意識を戻していく。
そんなセシルの目の前に現れたのは、雪原だった。写真でしか見たことはないが、雪国ではごく当たり前の風景だという。
けれども無意識に手を伸ばし指の先が掠めたところで、それがユキというものではない、とセシルは思い知る。雪原に見えたのは、色素の薄い髪に、淡雪のような白い肌。
「カミュ……」
カミュはまだ眠っているようだった。セシルはようやく、自分が今どういう状況に置かれているのかを知る。ここはカミュのベッドの中だ。昨夜のことを思い出し、セシルの胸に何とも言えぬ熱い気持ちが生まれた。
他人の前で生まれたままの姿を晒したのは初めてのことだった。アグナの民は、心を許した愛する者の前でしか肌を曝さない。音也に泳ぎを教えてもらった時ですら、セシルは肌を曝すことを嫌って水着を着るのを頑なに拒んだというのに、カミュの前で衣服を剥かれた時、不思議と嫌悪感は湧かなかった。
この感情を何と呼ぶべきなのか、セシルには分からなかった。そもそも、カミュの気持ちが理解できなかった。自分を抱いておきながら、最後まで素っ気ない態度を崩さずに背を向けて寝てしまったカミュ。彼の真意を掴みきることができなくて、深くまで受け入れた後だというのに、今は触れることすら躊躇われた。
それでも、朝日に照らされて輝くカミュの白銀の髪は美しく目を惹かれた。日焼けしていないマシュマロのような白い肌も、セシルの興味をそそった。手を伸ばし、指先で触れては引っ込め、触れては引っ込め、を繰り返す。カミュが起きないかと冷や冷やしたが、彼は意外にも熟睡してしまっているようだった。
セシルはそっと、カミュの背に顔を近づける。微かにカミュの香水の匂いがして、セシルの心臓が高く跳ねた。いつも付けているから、もうすっかり匂いに慣れてしまったような気がしていたのに、彼のものだと思うだけでこんなにも鼓動が速くなる。
「……ワタシは、」
セシルはそれまで触れられなかった彼の背に、右手の平をぴたりと付けていた。
冷たい肌。けれどもカミュの温もりを感じ安堵した。白くてきめ細やかな肌は、手に吸い付くように馴染んだ。セシルはもっと顔を近づけた。唇の先が微かにカミュの白い肌に触れる。もっとカミュを感じたくて、目を閉じた。そっと近づけて、ちゅ、という小さな音が聞こえた途端。
「……何をしている、愛島」
氷のような声が突き刺さった。セシルは驚いて目を開け、慌てて身体を離した。カミュが身体を傾けこちらに顔を向ける。その瞳はいつものように鋭く細められ、咎めるようにセシルを射抜いていた。セシルは決まり悪さから、そっと視線を逸らす。
「俺に触れるな、といつも言っているだろう。馬鹿者め」
カミュの温もりで暖まっていた心が、氷の声で一気に冷えていく。
「ごめんな、さい」
小さな声で謝ると、ふん、とカミュが鼻を鳴らすのが聞こえた。
それからすぐさま起き上がり、カミュはベッドから出て白いガウンを羽織った。部屋にかかった時計を見上げ、いつもより少し早いな、と独り言を呟く。
「愛島」
急に名を呼ばれて、セシルははっと顔を上げた。
「は、はい」
「……平気なのか」
僅かに鼓膜を震わせる程度の声だった。セシルは思わず、え、と聞き返していた。カミュは背を向けたまま、苛立ったように溜息を吐く。
「だから! 起き上がれるのか、と訊いている」
「あ……は、はい。大丈夫、です」
セシルはそう言って、ゆっくりと身体を起こそうとした。だが、半分ほど起こしたところで、急に腰の痛みを感じた。つっ、とセシルが小さな声を上げると、カミュは驚いたように振り向いた。
「愛島、貴様」
「あ! へ、平気、です。これくらいは」
そう言ってベッドの下に足を投げ出し、そのまま立ち上がろうとしたが、腰の痛みに耐えられず、伸ばしかけていた膝を再び曲げてしまった。それを見て、カミュは溜息を吐いた。きっと呆れられているのだ。そう思うと怖かったが、カミュの声音は思った以上に優しかった。
「全く……この程度で音を上げるとは」
呟くように言ったカミュの頬が、微かに紅色に染まっているように見えたのは、気のせいだったのかもしれない。
「貴様は確か、今日はオフの日だったな?」
「は、はい。今日の予定は、何も」
「命拾いをしたな、軟弱者めが。……今日は無理をせず、身体を休めておくことだ」
くるりと背を向けて、そう言い放つ。セシルはカミュの言葉を意外に思いながらも、素直に頷いた。
こうなったのは、初めてのことに、身体が慣れていなかったせいなのだろうか。セシルは俯いて、じわじわと広がっていく甘い疼きに耐えた。セシルの肌を捉えるカミュの指。最初は乱暴に、けれども優しく押し当てられたカミュの唇。カミュ自身が入っていく、あの何とも言えぬ感覚――思い出すだけで、セシルの鼓動は高鳴った。あの蕩けそうな甘い場所に、いつまでも身を埋めていたかった。カミュに触れれば、またあの感覚が取り戻せるのだろうか。けれどもカミュの身体に、もうセシルの手は届かない。
言いようのない切なさに苦しんでいると、カミュが僅かに身体を翻しこちらを向いた。目だけが合う。と、カミュが息を呑む気配がした。セシルは驚いた。カミュの瞳に、微かな揺らぎを見たからだ。
「何だ、その物欲しそうな子猫のような目は。何か言いたいことがあるならはっきりと言え」
セシルは一瞬躊躇ったが、口から思いが迸っていた。
「カミュ……ワタシの傍に、いてください」
カミュの目が大きく見開かれたのが分かった。走った動揺を隠すように、カミュは鼻を鳴らす。
「ふん! 俺は貴様と違って忙しいのだ。貴様についてやる暇などない」
「それなら! せめて……キス、してください」
「何だと?」
カミュが目を細めたのが分かった。不機嫌な時にする仕草だ。怒られてしまう。セシルは顔を伏せ、思わず肩をすくめた。
叶わぬ願いだというのは知っている。それでも言わずにはいられなかった。あの身体を侵食する甘い感覚を知ってしまった今、カミュなしで生きることはできないような気がした。心が、そして身体がカミュを求めて叫んでいる。この叫びを言葉にして、伝えずにはいられなかった。
「……愛島」
やがて、カミュが動く気配がした。と――顎に手を添えられたかと思うと、強引に顔を上げさせられる。
「ちょっ……」
上げかけた声は、カミュの唇の中に吸い込まれてしまった。
一瞬何が起こったか分からず、セシルはしばらく目を瞬かせていた。唇の強い感触をようやく自覚して、体内温度と心拍数が急激に上がる。唇から全身に広がる甘やかな痺れに、セシルは思わず打ち震えた。
カミュの顔が素早く離れ、顎に添えられていた手がセシルの顔を突き放す。照れ隠しなのか、鋭く息を吐いて背を向けたカミュに、セシルは慌てて問いを投げかけた。
「カミュ! 今日は、いつ、帰って……きますか」
「知らん。貴様は自分の心配だけしておけ」
いつもの素っ気ない言葉に、セシルは逆に安堵を覚えた。
「ワタシ、待ってます。夕飯、作って待ってますから」
「ふん。無理に動いて悪化したらどうする。体調管理くらい自分でできるようになれ、この愚民めが」
「すみません、でも……」
「今日向かうスタジオの近くに、貴様の故郷の料理を出す専門店がある」
セシルの言葉を遮るように、カミュは言葉を告いだ。
「確かテイクアウトもできたはずだ。貴様もその方がいいだろう」
カミュの少ない言葉から、その真意を読み取って、セシルは笑顔を閃かせた。
「楽しみにしています。ああ、嬉しい。カミュはやはり――」
「それ以上言うと、……どうなるか分かっているだろうな」
脅すような低い声が返ってきて、セシルは慌てて口をつぐむ。その先の言葉は、心の中で呟くに留めた。カミュはやはり、やさしい。
カミュが振り向かずに部屋から出て行くのを見ながら、セシルの頬は自然と緩んでいた。心に湧き出した温かな気持ちが、素直な好意の気持ちに変わっていくのを感じながら。
朝チュンが書きたくて。口は悪いけどセシルに優しいカミュ先輩ブームです(2011.11.13)