ユニットドラマCDで完全に落ちました。この二人可愛すぎる! Debutが待ちきれない…(2011.10.29)
カミュとの共同生活が始まって、数日が過ぎた。
夕方、セシルは台所の前で一人奮闘していた。買ってきたラム肉に味付けをしておき、一方で小麦粉を薄くのばし、フライパンで何枚かクレープ生地のようなものを作る。中に挟む具も何種類か用意し、ようやく一通り終わったところで、セシルはふう、と息を吐いて額に滲んだ汗を拭った。
「メェメと、キティーメ……カミュ、食べてくれるでしょうか……」
故郷の懐かしい味を再現するための料理そのものは楽しかったが、いざできあがったところで、セシルは急に不安になった。あの何かとうるさい先輩が、素直にこれらを食べる想像がどうしてもできなかったからだ。
故郷では一度も料理をしたことがないというセシルに、カミュはぶつぶつと言いながらもしばらくは二人分の食事を担当していてくれたのだが、ある日どうしても仕事で遅くなるから、と、一日だけセシルに食事当番が回ってきたのだ。
メニューは何がいいかと頭を悩ませた挙げ句、思いついたのが故郷、アグナパレスの料理だった。日本でもアグナパレスでもない、永久凍土の国シルクパレスの出身であるカミュが、これらの料理を気に入ってくれるかどうか不安ではあったが、日本料理の知識も乏しいセシルにとっては、このくらいしか一人で作れるものがなかったのだ。
メェメはカミュが帰ってきてから火を通すことにし、キティーメは作った分を冷蔵庫に入れておいてから、ダイニングテーブルの前に座った。不安を瞳に宿しながら、セシルは静かにカミュの帰りを待つことにした。
夜の七時半を過ぎた頃、部屋の扉が開く音がした。テーブルにうつぶせになってうとうととしていたセシルは慌てて顔を上げ、玄関までカミュを迎えに行った。
「おかえりなさい、カミュ」
「ふん、帰ったぞ。夕食の準備はできているのだろうな?」
鋭い視線を向けてくるカミュに、セシルは緊張しながらも頷く。慌てて台所に戻り、コンロの火を点けた。下ごしらえしたラム肉をあぶっていると、カミュが部屋に入ってきて、セシルが先程まで座っていた場所の向かいに、上品な仕草で腰を下ろす。
「なんだ、肉をあぶっているのか? まさか下ごしらえをしていないなんてことはないだろうな?」
「ちゃんと、しました。ラム肉に塩で味をつけたものです」
ふん、とカミュは鼻を鳴らす。腕を組んで、セシルの背を睨み付けるように鋭い眼光で射抜いた。
「俺は腹が減っているのだ。俺が帰ってくる時間を予想して、既に食卓に料理を並べておくようにしろ」
「でも。メェメは、焼きたてが一番おいしい。カミュには、焼きたてを食べて欲しかった」
「……ふん」
カミュは納得したようなしていないような反応を返した後、ん、とセシルの先程の言葉を聞き咎めた。
「貴様、メェメと言ったな? 何だそれは。そんな名前の料理は聞いたことがないぞ」
「メェメは、ワタシの国、アグナパレスの料理。ワタシはまだ、ニホンの料理をあまり知らない。だから、これしか作れなかった」
「まさか、今日の夕食はそれだけで終わり……と言うのではあるまいな?」
「NON。キティーメもある」
あぶり終わった肉を皿に移しながらセシルが首を振ると、カミュはますます眉間に皺を寄せた。
「キティーメ? それは一体何だ?」
カミュの疑問に答えるべく、セシルは冷蔵庫からあらかじめ作っておいたキティーメを取り出した。メェメとキティーメの載った皿をそれぞれテーブルの上に置くと、カミュは物珍しそうに、その二つの料理を眺めていた。
「ほう……こちらはクレープ生地に具を挟んだものか。それにしても貧相な食卓だ、これだけしか作れなかったのか? この愚民が」
セシルは少々むっとしつつも縮こまる。自分がカミュほど料理ができなかったのは事実なのだ。カミュはその点料理も教養として身に付けている、と言うだけあって、彼が食事を担当していた日は、いつも色とりどりの料理が食卓に並んでいた。味も文句の付けようのないくらいおいしいもので、それに比べるとやはりセシルの作った料理は見劣りしてしまう。
セシルが俯いていると、カミュはやれやれと言ったように首を振って、向かいの椅子を指した。
「早く座れ。食事は二人揃ってするものだろう。貴様がいつまでもそこに突っ立っていたら、俺が食べられないではないか。俺は腹が減っている、と言ったはずだ」
「あっ……わかり、ました」
セシルは促されるまま、ちょこんと椅子に腰掛ける。
それを見届けてから、カミュはいただきます、と優雅な仕草で手を合わせた後、まずはキティーメの方を手に取った。チーズを挟んだものだ。一口食べて、味わうようにゆっくりと咀嚼する。その様子を、セシルは緊張の面持ちで黙って見つめていた。
やがて呑み込んだカミュが、はっ、と鼻で笑う。
「これが貴様の故郷の味か。高貴な伯爵家の生まれである俺の口には合わんな」
予想していた通りの反応とはいえ、セシルは思った以上に落ち込んだ。いつもなら何かしら反論するところが、しゅん、とそのまま項垂れてしまう。そのせいで、カミュが後で小さく「だが、不味くはない」と呟いたのも、全く聞こえていなかった。
故郷で料理をしたことがなかったセシルにとって、これは初めて他人のために作って出した料理だった。それを否定されてしまうと、自分の何もかもを、そして故郷すらも否定されたかのような、絶望的な気分に陥ってしまう。
一つ目のキティーメを食べ終えて、カミュは再び、今度は別の具の入ったキティーメへと手を伸ばした。だがセシルは、キティーメの載った皿を素早くカミュから遠ざけていた。カミュが怪訝そうな顔をして、眉根を寄せる。
「何をする。俺はまだ食べている最中なのだぞ」
セシルは泣きそうになりながら、首を横に振った。
「これは、カミュの口には合わなかった。なら、もう食べなくていい!」
涙がじわりと視界を滲ませる。溢れ出さないように目に力を入れたまま、セシルはカミュを見つめた。惨めな気分だった。あのカミュが素直においしい、と言うわけがないとは思っていた。この味が、もしかしたら彼の気に召さないかもしれないということも。だが面と向かってそう言われることが、こんなにも傷つくことだとは思わなかったのだ。
目を充血させているセシルを見つめ、カミュは呆れたように溜息をついた後、鋭い視線でセシルを射抜いた。
「それを返せと言っている。言っただろう、俺は腹が減っていると」
「でも、おいしくないと思うもの、無理に食べなくていい!」
「誰が美味しくない、などと言った。貴様、日本語も分からんのか?」
「え……どういう、こと?」
セシルはきょとんとした。カミュは深く溜息をつく。
「先程俺が言った言葉、聞こえていなかったのか」
「分からない。カミュ、何を言った?」
「ふん! この俺の言葉を聞き逃すとは……不味くはない、と、そう言った」
「まずくは……ない……」
セシルは口の中でゆっくりと、言葉の意味を反芻する。カミュは腕を組んで、相変わらず高圧的な口調で言った。
「日本語が得意と言うからには、その意味くらい理解できるな?」
「まずい、ということは、おいしくない、ということ……では、まずくない、ということは……」
セシルの表情が、だんだんと明るいものへと変わっていく。それを見て、カミュは馬鹿にしたように鼻を鳴らしたが、その表情には微笑みが浮かんでいた。
「分かったか。なら早く、その皿をテーブルの上に置け。俺は腹が減って死にそうなのだ」
セシルは素直に頷いて、キティーメの載った皿を再びカミュの前に置いた。カミュは満足げな表情で、キティーメに手を伸ばした。
表情に明るさの戻ったセシルが、キティーメを手に取りながら、抗議めいた口調で言う。
「カミュは、素直じゃない。おいしいなら、最初からそう言って欲しい。口に合わないというから、おいしくないのかと思ってしまった」
カミュはそれを聞いて反省するどころか、開き直ったように言った。
「貴様は素直すぎるのだ。他人の言葉を何でも鵜呑みにするな。言葉の裏に隠された真意に気付いてこそ、一人前というものだ。特に地位の高い人間は、心にもないことを口にする輩と接する機会も多いからな。王子のくせに、そんなことも分からんのか」
「でも。心にもないことを言うのは、ワタシに敵意を持つ人間。それくらい分かる。カミュはそんな人間じゃない。それにこんなところでカミュが嘘を言う必要なんて、どこにもない」
きっぱりと言い切ると、カミュは少し驚いたように目を見開いた後、馬鹿馬鹿しいとでも言うように首を振った。
「ふん。俺が貴様に敵意を抱いていないとでも? 甘いな。同じ土俵に立つライバルという関係である以上、油断は禁物のはずだ」
「でも、ライバルというのは、相手に敬意を払った上で、お互い切磋琢磨していくものだと……そう、聞きました。だから、敵意とは違う」
セシルも譲らないでいると、はっ、とカミュは息を吐いて、話題を断ち切るように言った。
「……理屈はいい。さっさと食べるぞ」
「……カミュ、逃げようとしてる」
「誰がだ。人聞きの悪いことを言うな」
セシルに痛いところを突かれてもカミュは全く動揺していないらしく、平然とした様子でキティーメを口に運び続けていた。
納得のいかない部分も多かったが、カミュがこうしてキティーメを食べてくれていることが、セシルにとっては何より嬉しかった。そしてあのカミュが滅多に見せないはずの微笑みを浮かべている、ということも。
キティーメを全て食べ終えたカミュが、幸か不幸か“幸運のメェメ”と呼ばれるものに手を出してしまい、普段の彼に似合わず悶絶してしまう羽目になるのは、それから数十分後のことである。
ユニットドラマCDで完全に落ちました。この二人可愛すぎる! Debutが待ちきれない…(2011.10.29)