フ○ブリーズのCMを見て、夜のおせっくす中に一番汗をかきそうなのは青火だなと思ったことからできた話。アホですいません(2012.9.24)
休日の午後は、何も考えずにだらだら過ごすと決めている。
だだっ広いフローリングの床の上にぽつんと置いてあるソファの上に寝そべって、持ち込んだお気に入りのグラビアアイドルの写真集をぺらぺらとめくる。水着姿の彼女が桃のようなお尻を画面に向かって突き出した写真や、少し角度を変えれば胸の突起がちらりと見えそうになるようなきわどいアングルの写真におっ、とかへえ、とか言いながら、一通り読み終わってぱたりと写真集を閉じると、同時に、後ろから強い力ではたかれた。
「ってェ! ……何すんだよ」
じんわりと痛みの残る首筋をさすりながら、寝そべったまま面倒そうに後ろを向く。するとそこにはエプロン姿の家の主――火神大我が仁王立ちになっていて、怒りの形相で青峰を見下ろしていた。
「おいテメェ、人ん家で何もせずダラダラしてんじゃねーよ」
「あ? 何もすることねーんだから仕方ねえだろ。どうせ今日は休みだし」
「休みだってすることあんだろーが! つーか寝室、テメェの脱ぎ捨てた服が散らかってんぞ。どうにかしろ」
火神は苛立ったように何度も片足のつま先を床に叩き付け、青峰に動くよう促している。
いつもこうだ。火神は青峰に休む暇さえ与えてくれない。せっかくの休日で、せっかく部屋でのんびりできると思ったのにこのざまだ。何かといえば脱いだ服を片付けろとか、食べた皿は流しに持っていけとか、そんなもの火神が全部すればいいのにと言えば、容赦なく拳が飛んでくる。別段拳は痛くも痒くもないのだけれど、火神があんまりにもうるさいので、結局は彼の言うことに従う他なくなる。
青峰は首をさすりながら、へいへい、と面倒くさそうに立ち上がった。
「んで、服? どこに片付けりゃいいんだ? 洗濯機にブチ込む?」
「アホか。誰がテメェの洗濯物オレのと一緒に洗ってやるかよ」
「どーせこれから回すんだろ? ついでじゃねーの」
にやりと笑いながら怒りで強張った火神の肩をぽんぽんと叩いて、口笛を吹きながら寝室に向かう。
「待てよ、青峰!」
追いかけてきた火神の声に、青峰はうんざりとした様子で振り返った。
「あん? まだなんかあんのかよ」
「コレ。部屋中に、つーか、特にベッドに重点的にしとけ」
そう言って火神が渡してきたのは、スプレー式の消臭剤だった。よくテレビでCMが流れているアレだ。黄色いパッケージに印字されている文字を、青峰は何気なく口に出して読んだ。
「『ふわりおひさまの香り』……なんじゃこりゃ」
とても自分たちのような180cm越えの大男には似つかわしくない、気の抜けた香りがしそうなネーミング。青峰は思わず脱力しそうになった。
「……コレ、お前が買ってきたの?」
「他に誰がいるんだよ」
火神がこれをわざわざ売り場で選んで購入してきたと思うとじわじわと笑いが込み上げてきたが、それを言うと火神の怒りが臨界点を突破して余計面倒なことになりそうなので、敢えて突っ込まないでおいてやることにした。
寝室に入ると、むっとした熱気が青峰を襲った。窓は開け放たれてから時間があまり経っていないのだろう。昨夜の汗臭い残り香が、青峰の鼻腔を刺激し続けている。スプレーを握った手元に視線を落とした青峰は、火神がこれを自分に持たせたわけがわかった。
だるそうに床に手を伸ばして散乱した自分の服を回収し、何気なくスプレーを空中に一噴きする。
途端に充満していた汗臭さとは対極的な、爽やかな香りが広がった。これが一般的に言う、“イイ香り”というやつなのだろう。たまにさつきもこんな匂いさせてたことあったっけな、と、いい加減にしか覚えていないような記憶を持ち出してみる。
すう、と思わず深呼吸して、青峰はどことなく違和感を覚えた。確かに、これが爽やかといえばそうなのだろうし、良い香りとして分類されるべきものなのだろう。だが、どうにも青峰の身体には馴染まない匂いだった。こういうスプレーにはありがちな、作り物の匂いがするせいだろうか。
なんとなくこれ以上スプレーする気が萎えてその場に立ち尽くしていると、寝室の扉が開く音がした。
「おい青峰! 何ボーッとしてんだよ、さっさとやれっつーの!」
背後から火神の鋭い言葉が飛んでくる。青峰はだるそうに振り返り、はぁ、と深く溜息をついた。
「いいじゃねーか、別にこのままでも。オレこの匂い好きじゃねーわ」
「ハァ? いつテメェの好みなんか聞いたんだよ! ここはオレの寝室だろーが」
「なんでだよ、ここはもう“オレたち”の寝室、だろ?」
青峰が唇の端を吊り上げてにやりと笑うと、火神の頬に一瞬紅が差した。190cmの大男に抱く感情としては不適切極まりない気がするとは思いつつも、こういうところが可愛い、と青峰は思う。別に昨日が初めて抱いた夜というわけでもないのに、こんな初心な反応を見せるところが。オフの日が被らずとも青峰が勝手に火神の家に上がり込んで尽きるまで抱いて、その日の夜は死んだように眠り、次の日はだらだらと過ごす。そんな日々を繰り返しているのに、火神はまだまだ、その生活に馴染んでいないようだ。そもそも青峰が勝手に上がり込んでくるものだから、馴染むなんて不本意すぎる、という言い分もあるのだろうが。
青峰は手に持ったスプレーを縦に軽く振った。
「こんなもんいくらしたって無駄だろ。オレとお前の匂い、そんなもんで消せねーくらい染みついてっから」
「テメ、ッ……!」
「それにオレ、こんな作りもんの匂いより、お前の汗臭せー匂いの方がいいわ」
青峰はそう言うとスプレーをベッドの上に放り投げ、火神の首筋に鼻を寄せてくんくんと嗅ぐ仕草をした。びくん、と火神の身体が震えるのがわかった。どこまでも可愛いヤツ、と心の中で呟きながら、火神の剥き出しの首筋を甘噛みする。
「っテメ、」
何か言おうとしたようだったが、火神ははっきりと抵抗する素振りは見せなかった。青峰はTシャツの中に手を入れて、火神の一番敏感な部分をくりくりと指の腹で転がした。火神が目に見えて身体を仰け反らせ、堪えきれず声を上げる。
「ッあっ……あ、おみね……」
「そうそう、なんだっけ、オレあれのCM見たことあんぜ? 人間は寝てる間に300mlの汗をかく、だったっけか? でもよ、オレたち二人で抱き合って寝てんだから、単純計算しても600mlだよな。どう考えても無理だろ、あんなスプレー一本じゃオレたちに太刀打ちできねーよ」
「何、バカなことで張り合っ……ッん……、くっ……」
「お前抱いてる間も相当汗かいてっからそれ以上だよな、あとお前のセーエキ? 昨日スゴかったじゃねーか、あれ何日溜めてたんだよ?」
「うっ、せバカ……それ、言うならテメェだって、」
「あん? オレのはお前の身体が全部呑み込んでくれてっじゃん、ナシナシ」
喋っている間も、青峰の手の動きが緩められることはない。火神の息が徐々に上がっていくのが感じられる。つ、と人差し指で腹筋の溝をなぞったら、
「っあっ」
なんて可愛い声を上げるから、ますますやめられなくなるのだ。軽く視線を落とし、火神自身がむくりと起き上がってきたのを確認して、青峰はくくくと喉の奥で笑いながら、一層強く胸の突起に指をぐりぐりと押しつけた。
「お前、ほんとココ好きなのな、もう勃ってんじゃねーか真っ昼間から……どうすんだよ?」
「テ……メェのせい、っだろ、責任……取れ、よ」
「責任? はっ、今更処女奪われた女みたいなこと言ってやんの、そんな図体で」
「んなっ、……く、うぁっ」
火神の頬がますます紅潮する。唇を噛んで、屈辱と快感に堪えているに違いないと思った。そんな火神の顔を見るのが青峰は何より好きだった。自分に向かって牙を剥き出しにする猛獣を屈服させているという優越感。それが青峰にとっての快感になる。火神を煽ってばかりいた自分も思った以上に興奮していることに気付いて、青峰はくくっと喉の奥で笑った。
火神をベッドに押し倒すと、できた窪みに向かって先程放り投げたスプレーがごろんと転がってくる。それを横目で見た後、青峰は腕を振り上げて、鬱陶しげにベッドから追い払った。無駄だぜ、と心の中で呟く。爽やかな香りなんてくそくらえだ。コイツの匂いの方が何倍も興奮するし、コイツの匂いの方がよっぽど日常的に嗅いでいたい匂いだ。作り物が太刀打ちできるかよ。
「……オレ、ずっとここに住みてーわ」
「ハァ!? なんでそういう話に――」
「合鍵くれよ今度。お前の寝込み襲いに来るわ」
「ぜってぇ嫌だ! 誰が、っんテメェなんか、ッ」
合鍵が青峰の手元にあったところで、大して今までの生活と変わるわけではない。青峰がここに来るのはいつも突然だったけれど、火神が決して扉を開けなかったことなどないのだ。
乾いた唇を乱暴に奪うと同時に、額に滲んだ汗が勢いよく滴り落ちていく。それが偶然火神の頬を伝い流れ、青峰の興奮を更に煽った。バスケをしている時とはまた違う高揚感。火神の存在は、それまでバスケで敵無しだった自分に対して好敵手という新たなポジションを築き、更には新たな性的快感の扉までも開けてくれた。つくづく変な縁だと思う。だが、それゆえに決して捨てられないものだ。
先程一噴きした『ふわりおひさまの香り』は既に跡形もなく消え去り、青峰と火神の汗が擦り合わさった匂いが立ち上った。あまりの熱さと愛おしさにむせ返りそうだ。
青峰が腰を振り自身を火神に向かって楔のように打ち付ける度に、ぎしぎしとベッドが軋んだ。そういや窓、開け放したまんまだったな。今更気付くがもう止められない。見られたって構うもんか。見せつけてやればいい。野獣二人が絡み合う姿が、こんなにも官能的で愛おしさに満ちたものなのだと。
「あ、ッおみね、ッぁあっ……!!」
奥を突かれて青峰の胸元に向かって思い切り射精する火神を見て、頭が沸騰しそうになる。勢いよく放たれた白濁を胸の上に擦りつけ、青峰は更に強く腰を打ち付けて精を放った。
火神が肩でぜいぜいと息をしている。青峰も射精後の怠惰な身体を火神の上に放り出し、深く溜息をついた。擦れ合った皮膚が、火傷しそうに熱くて痛い。その隙間を流れる汗も、蒸発しそうなくらいだった。
「……イイワケ、できねーよな、もう」
「何、っがだよ……」
「窓開け放したままヤって、こんだけ匂い染みついたら、お前、オレ以外のヤツなんか、ぜってぇ家上げらんねーだろ。な」
火神が頬を赤らめて、誰のせいだと思ってんだよ、とでも言いたげに青峰を睨み付けた。
「だから合鍵、くれ」
「断る!!」
火神の腕が勢いよく振り上げられ、青峰の身体を打ち付ける。だが本気ではない火神の抵抗など、青峰にとっては痛くも痒くもないどころか、むしろ愛おしいくらいだ。
嫌がる火神を無理矢理抱き締めて、青峰はすう、と深呼吸した。火神の汗の匂いが鼻腔に溜まる。青峰は思わず、ヤベェな、と呟いていた。こんなに一人の人間を手放したくないと思ったのは、生まれて初めてのことだった。
フ○ブリーズのCMを見て、夜のおせっくす中に一番汗をかきそうなのは青火だなと思ったことからできた話。アホですいません(2012.9.24)